小梅けいと作画、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ原作、
速水螺旋人監修「戦争は女の顔をしていない」①(KADOKAWA)
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2月からウクライナ情勢のことばかり考えている。テレビやSNSに登場する若いウクライナの男女は銃を手に取り、「祖国を守る」と意気軒高に訴える。その光景を見ると、本作に登場する「大祖国戦争」当時のソ連の若い女性が「私を戦線に送って下さい」と懇願した時代の熱気が浮かび、名状しがたい感情にとらわれてしまうのだ。
原作者は2015年にノーベル文学賞を受賞したベラルーシの女性ジャーナリスト。ウクライナ出身でもある。第二次世界大戦に従軍した旧ソ連の女性500人超に話を聞き、埋もれていた証言を掘り起こしたが、「生々しすぎる」などの理由で出版を拒否され続けた。本作はその証言集を漫画化した作品で、2年前に1巻が刊行された。
本作に英雄譚は登場しない。だが、当事者でなければ分からない女性たちの感情の揺れなどの描写には圧倒される。若い女性の間には「前線に出なけりゃいけない」空気が満ち、考える余裕や「気持ち」を大事にする時間はなかった。ウクライナの首都キエフなど昨今の報道でよく見る地名も登場し、現在の状況とつい重ねてしまう。
ある女性は通り過ぎる兵隊一人一人を思い祈りの言葉を唱えた。またある女性は敵兵の死体を馬車でひいた思い出を笑みを浮かべながら振り返る。人間が持つ美しい美徳に底知れぬ悪意、平時には理解しがたい感覚…。人の持つ感情の複雑さと多様さが描かれ、作中の「人間は戦争の大きさを越えている」という言葉が響く。
特筆すべきは、漫画作品として一気に引き込まれる魅力を持つことだ。原作も当然読み応え十分だが、分量の面などで万人向けとは言いがたい。本作のかわいい絵柄は戦場の混沌(こんとん)を描く点でありがたく、リアルな絵柄だったら読み進めるのがつらかったと思う。
<何か理解できるのではと覗(のぞ)き込んでしまったら それは底なしの淵だったのだ>。作中の原作者の言葉通り、本作を読むと「人間はいかに人間を理解していないか」を突きつけられる。一人の人間でさえ内面は複雑怪奇なのに、まして国際情勢をや。読者一人一人が「この先何が起こるのか」を考え続けるための燃料となり、静かな「覚悟」の炎を灯(とも)してくれる作品である。3巻が26日に刊行予定。
筆者:本間英士(産経新聞)
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2022年3月19日付産経新聞の書評を転載しています