ラグビーを語るとき、絶対に忘れてはいけないもの。それはビールだ。ラグビーに楕円球が欠かせないのと同様に、世界のどのスタジアムでも、ビールは欠かせない。
「サッカーファンはビールを飲んで暴れるが、ラグビーファンはビールがなければ暴れる」
1999年のワールドカップ以降この世界の祭典と、多くの酔っ払いを見続けて確立した言葉である。
2015年イングランド大会では、ファンがスタジアムとファンゾーンで胃袋に流し込んだビールの総量は190万リットル。標準的な日本の小学校のプールの5倍以上に匹敵する琥珀色の液体が消費された。
ナショナルスタジアムクラスの大型ベニューには、「これでもか」とばかりに幅の広いカウンターを持つバーがあり、ビールを求めるファンの列が途絶えることはない。ハーフタイムになれば、日本の悪名高きラッシュアワーの電車のような恐怖のモールが発生する。
世界中のあらゆるワールドカップスタジアムで繰り広げられる、パイントカップの争奪戦に、日本のビール販売部隊は対抗できるのか? 敵は百戦錬磨のラグビー観戦者であり、ビール愛飲者なのだ。
ホスト国も、対抗策を講じている。世界の酔っ払いが驚愕し、ひざまづく日本伝統のスタジアム・ドランカーへのおもてなしがある。
日本では人気ナンバーワンスポーツは野球である。その観客席を見ると、見慣れない姿の人たちが常時通路を徘徊しているのだ。近未来的な同じ服を着て、背中には背嚢のような物体を背負っている。恐ろしいことに、その物体から伸びた怪しいホースのようなものを全員が手にして、常時何かスローガンのようなものを叫び続けている。それは、あたかも宇宙からの侵入者に制圧された町を奪還するために派遣された特殊部隊のようでもある。
だが、この人たちは、実は酔っ払いにとっての救世主なのだ。日本人は、その人たちを尊敬と愛着を込めて「Urikosan」と呼ぶ。
売り子さんの多くは女子学生のアルバイトだ。背嚢のようなものはビールがたんまりと詰め込まれたタンクで、客が買うときに、フレッシュな黄金の液体がホースを通じて、コップに注がれる。
すでにお気づきの方も多いだろう。そう、日本のスタジアムでは、ビールを飲みたければ、席を立ち、スタンド裏のバーでモールを組む必要はない。パイントグラスを手に客席に戻ったら、贔屓チームのトライ後のコンバージョンしか見れなかったという悲劇もない。
この画期的なシステムが、ワールドカップ日本大会でも導入されることは、すでに国家事業として承認済だ。
日本のスタジアムでは、ビールタンクを背負った天使が、笑顔であなたのグラスに黄金の液体を注いでくれる。そして、貴重なトライシーンも見逃すことはない。
筆者:吉田宏(ラグビー・ジャーナリスト)