GERMANY-CHINA

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欧州連合(EU)外相理事会が3月、ウイグル族への人権侵害で対中制裁を決めた。バイデン米大統領の対中強硬策と歩調を合わせたように見えるが、実はもっと腰が引けていた。

 

筆者がEUの動きをつかんだのは、直前に27加盟国の大使らが制裁に合意したときだ。大使級会合の決定は、必ず次の閣僚級の理事会で取り上げる。EUの対中制裁は天安門事件で武器輸出を禁止して以来、32年ぶりだから、東京のデスクは「それは1面の大ニュースだ」と当然の反応をした。

 

奇妙なことに、外相理事会は事前に公表する議事日程で、中国に一切言及しなかった。EU担当官に電話すると、「人権侵害の制裁を協議するが、対象は言えない」と言葉を濁すばかり。当日会場入りした外相たちも、記者団の前で中国に触れた人はいなかった。

 

「今日は決まらないかも」とデスクに電話した2時間後、EU制裁発動が公布された。大きな方針転換にしては、あまりに唐突。議論を尽くさず、形だけ米国と足並みをそろえた。

 

EUの内情は、中国政府に見透かされていた。制裁は米国やカナダと連携していたのに、中国は欧州だけに集中砲火を浴びせた。米国は2人に制裁を科し、中国の報復制裁も同数の2人。ところが、4人1団体を対象としたEUに、中国は10人4団体という「倍返し」の制裁で応じた。しかも発表は、理事会が続いているさなか。EUのボレル外交安全保障上級代表は、記者会見で「中国の報復で状況が変わった」と述べ、動揺をあらわにした。

 

中国はなぜ、米国と欧州で異なる扱いをしたのか。

 

「鎖の強さは、最も弱い環(わ)で決まる」という格言がある。中国は昔から、「弱い環」をたたくのが戦略の常道だ。北米、アジア、欧州に現れつつある対中包囲網で、今回は欧州を標的と見定めたのだろう。

 

中国共産党系の英字紙、グローバル・タイムズは制裁の直前、「EUはインド太平洋で、中国との絆を傷つけたりしない」と題した論説を掲載した。今の欧州はバラバラで、アジア戦略で結束はムリだと指摘した。論調は相変わらず独断的でも、EUの現状を突いている。

 

欧州外交は従来、英仏が軍事力で主導し、ドイツが後方から支える構図だった。英国のEU離脱でバランスが崩れ、再構築できていない。米国との距離にも温度差がある。中国が楔(くさび)を打つには、好機である。

 

中でも、ドイツが揺さぶられている。中国の習近平国家主席は7日、メルケル独首相と電話で会談した。中国国営新華社通信によると、習氏は「EUは正しい判断をすべきだ」と促した。米国に追随するなという意味だ。9日には、王毅国務委員兼外相がマクロン仏大統領の側近と電話で話した。

 

独仏首脳はこれまで、EUの対中制裁について、公の発言を避けている。メルケル氏は制裁発表の3日後、「EUには独自の中国政策がある。米国と共通点は多くても、同じではない」と述べ、あえて米国と距離を置いた。

 

孫子の兵法は「上兵は謀を伐(う)つ。其(そ)の次は交を伐つ」と教える。最上の戦略は敵の企ての打破、次に同盟の遮断、ということだ。EUは「人権では米国と一緒に。経済では独自に」という使い分け外交を描く。中国が、そんな思惑に乗ってくれるだろうか。

 

筆者:三井美奈(産経新聞パリ支局長)

 

 

2021年4月12日付産経新聞【緯度経度】を転載しています

 

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