北朝鮮の権力中枢で、金正恩労働党委員長の叔父、張成沢氏が2013年12月に粛清されたのとほぼ匹敵する大事件が起きた。党内で強大な権力を持つ組織指導部長が公開の席で解任されたのだ。
2月28日、北朝鮮公式メディアは一斉に、労働党拡大政治局会議が開催され、李万建組織指導部長と朴太徳副委員長(農業担当)が解任されたと報じた。朝鮮中央テレビの映像によると、その会議に李部長は出席していた。最前列の左から4人目、議事を進める金正恩委員長の言葉を必死に筆記している姿が確認できた。ソウルの一部専門家(脱北者)は、既に李氏は処刑されたと伝えている。
組織指導部長、処刑説も
組織指導部は「党の中の党」と呼ばれ、次のような五つの強大な権限を持っている。①幹部人事権=党、軍、治安機関、政府の局長以上の人事を担当②政治生活指導権=全国民が毎週末に行う「生活総和」(1週間の政治生活の自己批判と相互批判)を担当③思想検閲権=誰でも思想が悪いと解任、粛清できる④政策承認権=金正恩委員長に上がる全ての提議書の窓口⑤首領警護権=金正恩委員長の私生活に関わる物資供給も担当。その部の部長が公開解任されたのだから、ただならぬ事件だ。
李万建氏は党軍需工業部長として、2016~17年に行われた3回の核実験、40発の弾道ミサイル発射実験を全て担当した。その功績を認められ、2018年に組織指導部第1副部長、2019年4月に組織指導部長になった。
報道によると、解任の理由は「党中央委員会の幹部と党幹部養成機関の活動家の中で発露した非党的行為と権勢、特権、官僚主義、不正腐敗行為」だ。その中身は具体的に明らかにされていないが、「党幹部養成機関」とは金日成高級党学校だといわれている。「不正腐敗現象を発露させた党幹部養成拠点の党委員会を解散する」とされているから、同学校が解散させられたことになる。前代未聞の出来事だ。
追い込まれる独裁者
組織指導部は権力の中枢であり、金正恩委員長と運命共同体だ。だから、忠誠心の強い者しか部内にいない。北朝鮮では人事や粛清をめぐって多額の賄賂が組織指導部の幹部に集まってくるが、これまで部内で不正腐敗事件が摘発されたことはない。組織指導部は他の部署を取り調べる立場であって、自らが調べられることはなかった。
昨年12月の党中央委員会総会で、金正恩委員長の妹である金与正氏が組織指導部の第一副部長になった。既に2017年頃から、金与正氏は側近を組織指導部に送り込み、同部の権限の大部分を事実上行使しているという内部情報があった。
今回の解任劇の背後に何があったのかは現段階で分からない。しかし、その結果、金正恩委員長はついに最側近のはずの組織指導部長さえも信頼できなくなったのだ。国際的な経済制裁による秘密資金の枯渇、コロナウイルスの蔓延まんえん、中国との国境遮断による物資不足と物価高騰、自身の健康悪化によって、独裁者がかなり追い込まれてきたことは間違いない。
筆者:西岡力(国基研企画委員兼研究員・麗澤大学客員教授)
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国家基本問題研究所(JINF)「今週の直言」第660回・特別版(2020年3月2日付)を転載しています。