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投資先企業を選ぶ際、収益などの財務情報だけでなく、新たな基準として注目されているのが「ESG」だ。環境、社会、ガバナンス(企業統治)の3項目を数値化したものだ。ただ、世界共通のルールはなく、実態を伴わない「名ばかりESG投資」が問題視され始めた。金融市場が不安定さを増す中、こうした不正が横行すれば一過性のブームに終わり、ESGバブルがはじける恐れもある。やみくもにのめり込むと思わぬリスクがありそうだ。
環境省によると、2016年に22・9兆ドル(約2600兆円)だった世界のESG投資の市場規模は20年に1・5倍の35・3兆ドルに膨らんだ。このうち、日本は0・5兆ドルから5・8倍の2・9兆ドルへ急成長した。世界に占める割合は8%程度だが、成長率では日本が世界を上回る。
なぜ、ESGがこれほど盛り上がっているのか。背景には「企業は何としても利益を出して株主に還元すべし」とする株主第一主義の見直しがある。従業員、取引先、地域社会など全ての利害関係者(ステークホルダー)に配慮する「ステークホルダー資本主義」への転換だ。
ESGのうち、社会(S)は地域貢献活動や従業員の労働環境改善、女性活躍の推進などへの取り組みの度合い、ガバナンス(G)は不祥事を防ぐ企業統治の仕組みをどれほど整えているかなどが評価される。
中でも、E(環境)に対する関心が高まっているのは、世界的に地球温暖化対策が叫ばれているからだ。
15年に採択された気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」は、産業革命前からの気温上昇を1・5度以下に抑える努力目標を掲げた。
しかし、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は今年8月、化石燃料を使って温暖化の原因となる温室効果ガスを多く排出した場合、産業革命前と比べた世界の平均気温の上昇幅が21~40年の間に1・5度を超える可能性が非常に高いとする報告書を公表した。
現在、英北部グラスゴーで国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)が開かれており、各国はパリ協定の実現に向けて排出量削減の目標を示した。
日本では菅義偉(すが・よしひで)前首相が昨年、50年までに国内の温室効果ガス排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を実現すると宣言。今年4月には、30年度に13年度比で46%削減する目標を掲げた。従来の26%減から大幅な上積みで、実現のハードルは高い。
ESG投資には、温室効果ガス削減を金融市場としても後押しする狙いがあるのだ。
「ESGが活発化しなければ、50年のカーボンニュートラルは実現できない」
関西学院大商学部の阪智香教授はこう唱える。
ただ、ESGは「企業のあるべき理想論」を追求するのが目的ではなく、あくまで投資だ。国内外の金融市場で株式や債券の価格が乱高下する中、継続的にリターンを確保できないと投資家が敬遠する恐れもある。
関西経済同友会の古市健代表幹事は「投資の際、ESGを考慮することが有益だという蓋然性は証明されつつある」と指摘する。古市氏が副会長を務める日本生命保険は、70兆円もの資産を株式や債券などで運用する民間では国内最大の機関投資家で、21年度から全ての投融資にESG評価を取り入れている。
関学大の阪教授もESGへの取り組みに熱心な企業は株価も高いと分析する。
確かに、ESGは、株主への利益還元のみを重視する従来の「もうけ至上主義」とは一線を画しており、賛同すべき点は多い。だが、世界共通のルールは整備されておらず、ESG評価・格付けのあいまいさが問題となっている。
大和総研の田中大介研究員は「ESG評価機関や格付け会社は他社にノウハウをまねされるのを嫌がって評価基準や手法の詳細を明らかにしておらず、投資判断材料として多くの課題を抱える」と分析する。企業側の「言ったもの勝ち」になりやすく、環境に配慮しているように装う「グリーンウォッシュ」も問題視され始めた。
ドイツ銀行グループの資産運用大手、DWSは、ESG投資額に誇張があるとして米独の金融当局が調査に入り、株価が急落した。国内でも、ESGをうたう投資信託などの金融商品が急増しているが、ESGの取り組みに熱心ではない企業の株式や債券が紛れ込んでいるケースもあり、金融庁は目を光らせる。
グリーンウォッシュに歯止めがかからなければ、世界の金融市場のリスクになりかねず、早急なルール作りが求められる。
筆者:藤原章裕(産経新聞大阪経済部長)
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2021年11月7日付産経新聞【日曜経済講座】を転載しています