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人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使った治療や創薬などの実用化に向けた臨床試験(治験)が国内で本格化している。山中伸弥・京都大教授がiPS細胞を作製してから15年。再生医療の切り札として期待されてきたが、国が描いた実用化への計画は資金面での課題も生じて遅れが続き、製品開発が順調に進んでいるとはいえない。一方、米国では、iPS細胞関連への投資額が継続的に伸びている。日本発の技術でありながら伸び悩む国際競争力に、開発企業は危機感を強める。
草をかきわけ進む
「山登りに例えると、道がない場所の草をかき分けて進んでいるようなもの。目的地まで誰か1人が到着すれば、その後は皆が同じように通れるようになる」
再生医療に力を入れる大日本住友製薬の代表取締役専務執行役員、木村徹氏は、iPS細胞実用化の道のりをこう例える。この10年近く、国内では競うようにiPS細胞を使った治療や製品の研究が進められてきた。同社も京都大iPS細胞研究所(CiRA、サイラ)と連携し、パーキンソン病の治療薬を開発中で、今年中に医師主導の治験の移植が完了、令和5年度の発売を目指す。ほかにも、視力が衰える難病「加齢黄斑変性」の治療薬の実用化目標を7年度に置くなど、iPS細胞関連の治験や臨床研究が複数進む。
木村氏は「例えばパーキンソン病などの神経変性疾患は発症したときには大半の細胞が死んでおり、化合物を使った薬をいくら入れても元には戻らない」とした上で、「こういった場合、再生医療を適用するしかないというのが自明であり、一番実用化しやすいのがiPS細胞だと思っている」と強調する。
平成30年には、世界初のiPS細胞を使った再生医療製品の商業用の製造拠点を大阪府吹田市に設置。再生医療を中長期的な成長の柱にする方針で、令和12年に2千億円の売上高を目標に掲げている。その実現に向け、米国などでの海外治験も始めようとしている。木村氏は「米国市場は日本の10倍ともいわれ、(製薬会社などが薬の値段を決められる)自由薬価の米国で事業を確立しないと成功できない」と語る。
計画遅れ繰り返す
iPS細胞を使った企業治験は他社でも進む。iPS細胞を用いて血小板を作り、血液の病気の患者に血液製剤として輸血する再生医療ベンチャーの「メガカリオン」(京都市)は5年度の実用化が目標。慶応大発のバイオベンチャー「ハートシード」(東京都新宿区)はiPS細胞から作った心筋細胞を使い、重い心臓病患者への治験を年内にも始めるとしている。
一方、実用化をめぐっては、当初に示された計画の遅れがこれまでも繰り返し指摘されてきた。文部科学省は平成21年、研究や治験を始めるめどを示した工程表を策定したが、25、27年と2度改訂。26年に実施された加齢黄斑変性の臨床研究以外は、パーキンソン病や血小板の臨床応用などのスケジュールがいずれも後ろ倒しされた。
結局、工程表は令和元年に廃止された。文科省の担当者は「安全性を慎重に確認する必要があり、予定に不透明な要素もあった。時期を明示すると患者にすぐ届くかのような過度の期待を抱かせることが懸念され、工程表策定に賛否両論が出ていた」と明かす。
安全性に関しては、iPS細胞ががん化するリスクなどが指摘されてきたが、メガカリオン創業者の三輪玄二郎会長は「発がん性のリスクをコントロールした臨床研究・試験が多数実施されており、サイエンス面でのハードルはほぼクリアしている」とする。
日本の先行優位失われる
早期の実用化を阻む理由のひとつが、開発資金調達の難しさだ。
「iPS細胞に取り組む企業の多くがアカデミア(学術界)主体やバイオベンチャーであり、単純に(資金や援助などの)リソースが足りない」
ハートシードCOOの安井季久央氏はこう話す。同社は2021年6月、10社から計40億円を調達したと発表。「累計82億円を調達した。日本ではかなり多い方だが、米国では開発がもっと初期段階の会社でも200億、300億円を集めている。バイオベンチャーが集められるリソースは米国の4分の1~5分の1のイメージだ」と嘆息する。
政府は山中氏のノーベル賞受賞を受け、平成25年から再生医療研究に10年間で約1100億円の支援を始めたが、令和5年度以降の支援は未定。iPS細胞への支援の偏りも指摘され、元年には京都大の細胞備蓄事業の予算削減を山中氏に迫る騒動もあった。一方、米国国立衛生研究所(NIH)は、疾患メカニズムの解明や難病患者の細胞から作ったiPSを使って治療薬を見つける「iPS創薬」などの応用に期待して、iPS細胞関連研究への投資を継続的に増やし、2019年だけで約986億円を投じている。
メガカリオンの三輪氏は「日本と世界はサイエンスでは互角だが、実用化に向けては米、欧州、中国の〝物量作戦〟により日本の先行優位性は失われつつある」と指摘。「日本の株式市場のバイオベンチャーに用意されている投資額は米の100分の1とされる。米中では軍の資金が得られる魅力もある。日本発の技術でも米中での実用化を目指す方が早くて容易という状況になりつつある」と危機感を強めている。
わが国発の技術、iPS細胞の実用化に向けて、スピードアップを図るためにも海外の投資を呼び込む工夫や、海外製薬大手との連携も視野に入れることも急務となっている。
筆者:井上浩平(産経新聞)