外国政府が発注する巡視船などの官公庁船の受注拡大を目指し、政府が官民挙げた枠組み作りに本腰を入れる。国土交通省が7月に発表した2020(令和2)年版のインフラシステム輸出に関する行動計画では、今回初めて海運や造船業などを重点分野として明記。韓国や中国の後塵(こうじん)を拝する日本の造船業を支援し、技術力の維持を図る。ただ、日本企業が独自に官公庁船を輸出した経験はないという弱みもあり、政府は官公庁船輸出の安全保障上の意味合いも踏まえて取り組みを強化する。
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「日本の協力を求める東南アジアや太平洋島嶼(とうしょ)国の声に官民が連携して応えるため、日本政府が旗振り役となって案件成約への道筋を付けたい」
政府関係者は官公庁船の輸出への意欲をこう語る。
国交省は今年のインフラシステム海外展開行動計画で官公庁船輸出に初めて言及。官公庁船分野での案件発掘に向け、東南アジアなど各国の整備計画を関係省庁などが共有する仕組みを構築するとした。単に船舶を輸出するだけでなく、技術移転や人材育成への対応なども合わせた提案で、外国政府に日本企業との契約を働きかける考えだ。
政府が官公庁船輸出を後押しする背景には造船業界の苦境がある。
日本造船工業会(造工会)の資料などによると、2019年の日本の新規造船受注量は前年比約5割減の760万総トンだったが、ライバルの韓国や中国は1500万総トン以上の水準。さらに今年は新型コロナウイルスの感染拡大という追い打ちもあり、造工会の斎藤保会長(IHI相談役)は「商談の停滞でしばらくは受注の低迷が続く」と嘆く。このままでは日本の造船技術の衰退すら懸念される。
ただ、中国による一方的な海洋進出強化が進む中、官公庁船に関しては、海上保安力を強化したい東南アジア各国や太平洋島嶼国を中心に需要が期待できる。日本の船舶は耐久性に優れ、各国からの期待も大きい。日本の造船業界における官公庁船事業の売上高は民間向けを含めた全体の約25%にとどまっているが、政府は民間向けの受注が落ち込む中で官公庁船輸出に望みをつなぎたい考えだ。
しかし世界市場での日本の出遅れは否めない。国交省によると、19年に海外発注された世界の官公庁船は全200隻で、このうち約6割の127隻を欧州企業が獲得。過去をさかのぼっても日本勢が受注した案件はすべて日本の政府開発援助(ODA)が絡んだもので、受注実績は13~19年の7年間で計38隻(総額約957億円)にすぎない。
日本勢の官公庁船事業は海上保安庁や防衛省など国内向けが中心だ。このため相手国がどの程度の機能を求めるかというニーズ把握や日本の技術力の高さを伝える営業力など、国際展開に必要な体制が十分に整っていない面もある。
東南アジアや太平洋島嶼国への官公庁船輸出は、日本が提唱する「自由で開かれたインド太平洋」構想の実現を後押しする意味もある。日本の造船業の生産基盤や技術を維持することは安全保障にかかわる重要な施策で、国交省は他省庁とも協力して案件の発掘を図る考えだ。
筆者:岡田美月(産経新聞)