新型コロナウイルスの治療用に、血液由来の医薬品を開発中の武田薬品工業が、世界各地で、感染してから回復した人たちの血液収集を急いでいる。最短で9カ月での実用化を目指しており、日本国内でも政府との調整が続く。昨年6兆2千億円で買収したアイルランド製薬大手、シャイアーのノウハウを活用した創薬で、大型買収の効果を示すチャンスとなるか注目が集まる。
対策チーム設立
3月4日、新型コロナに対する治療薬を開発すると発表した武田は翌週、日本国内で開発担当者ら10人で構成する対策チームを立ち上げた。
治療薬は、新型コロナに感染して回復した人の血液の中にある血漿(けっしょう)成分から、抗体を含む「免疫グロブリン」と呼ばれる成分を抽出して精製する。抗体をほかの患者に投与することで、患者の免疫が活性化され、病状を軽減することが期待できる。同社の血漿分画製剤の開発責任者、クリス・モラビット氏は「これまで積み重ねてきた実績と、規模、専門性、能力を組み合わせ、当社ができることを実行していく」とコメント。投与量や投与期間は今後の研究課題になるという。
通常、血漿製剤は健康な人からの輸血で作るが、新型コロナに効く抗体は、病歴のある人に特有のため、回復者の血液が必要になる。日本国内では、回復者の採血について厚生労働省と調整を進める。
同社では「実用化に向けてはいかに多くの回復患者からの血漿にアクセスできるかが課題」としており、ほかに、武田の拠点がある米国、シンガポール、オーストリアで血漿の収集を進めている。
早期実用化はできるか
新薬の研究から実用化までには通常、安全性の試験や治験(臨床試験)などのプロセスが複雑で10年以上かかるといわれている。早期実用化を目指す新型コロナの治療薬開発では、米国の米食品医薬品局(FDA)をはじめ日本、欧州の規制当局の承認をどれだけ早く得られるかが課題となってくるが、武田は各国で調整を進め、今春以降、なるべく早く治験に入り、9カ月から18カ月で実用化したい考えだ。
また、製造に関して同社は「武田が持っていた既存の免疫グロブリン製剤と全く同じプロセスで製造できるので、血漿の確保と治験がクリアできれば、製造面ではすぐに対応できる」と説明する。
武田が持つ既存の免疫グロブリン製剤とは、実は一昨年に買収したアイルランドの製薬大手、シャイアーが抱えていた医薬品だ。シャイアーは血液由来の医薬品のリーディングカンパニーで、「アルブミン製剤」や「免疫グロブリン製剤」の開発ノウハウを持っていた。
今回、精製を行うのも、シャイアー買収を機に、約15億ドルを投じて米ジョージア州に設立した製造拠点。安全性が確認され、最新鋭の機器が備えられた環境で世界から集められた血液の精製を急ぐ。
シャイアー買収の真価
武田がシャイアーを買収して約1年3カ月。日本企業としては過去最大のM&A(企業の合併・買収)として注目され、再編が進む世界の製薬業界で大手の仲間入りを果たした。しかし売上高や創薬力などでは上位のメガファーマ(巨大製薬企業)との差はまだ大きく、グローバル競争の厳しいただなかにいる。
そんな中、武田が統合後に力を入れてきた事業の一つに血漿分画製剤がある。平成30年の売上高に占める割合をみるとシャイアーは世界第2位。3700億円の売り上げがあった。人の血液由来の医薬品のため後発薬の参入リスクがなく、収益性も高い。特に免疫グロブリン市場は右肩あがりで成長しており、武田は同社の成長を支える重要な事業と位置付けている。
ただ、まだシャイアーの買収は株式市場では色よい評価を受けていない。株価も、買収計画が明らかになる前の3分の2近くに落ち込んでいる。
しかし武田の岩崎真人取締役は産経新聞のインタビューに対して「シャイアーの買収を公表したときに、期待をかけてくれたのは医師と患者だった」と明かす。シャイアーの強みだった血漿分画製剤は、希少疾患に対する有効な治療薬となる。「シャイアー買収によって、希少で複雑な疾患を抱えている国内の患者にアプローチできる手段が増えたと感じている。シャイアーの希少疾患に対する創薬力に武田のビジネスの基盤が役立つと考えている」
世界が注目する新型コロナの治療薬開発でも、シャイアーの持つノウハウと、武田のグローバルな組織力、開発にかかる知見を生かせるか。シャイアー買収の真価が試される。