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世界の砂漠化防止などについて研究する「鳥取大学乾燥地研究センター」(鳥取市、乾地研)が誕生から30年を迎えた。鳥取砂丘の中に位置し、ルーツは同大学の前身の鳥取高等農業学校試験地までさかのぼる。かつては、あまりの重労働に“嫁殺し”といわれた砂地での水やり作業解消や、ラッキョウ、長イモの特産化などで日本の砂丘地農業の発展に貢献。今は「高温耐性コムギ」の開発や、黄砂につながる砂嵐の発生予測などフィールドを世界に広げ成果を発信している。
気候変動見据えた小麦を開発
鳥取砂丘ビジターセンターで3月14日まで開かれた「乾燥地研究センター設立30周年記念パネル展」。展示の中で目を引いたのが、高温や乾燥に強い品種として乾地研が開発した「高温耐性コムギ」だ。
パンや麺類などの材料となる小麦は乾燥地で栽培される代表的な作物。将来の気候変動に備え、厳しい条件下でも育つ改良品種の開発には地球規模で期待が寄せられる。
栽培実験は、世界で最も暑い小麦生産地のスーダンで行われている。同国でのフィールドワーク結果を乾地研に持ち帰り、分析、交配、シミュレーションをして改良し、再びスーダンで栽培。それを繰り返し、食味や収量を上げていく。
「気候変動に対応するコムギの研究は世界トップレベルです」。乾地研センター長の山中典和教授は胸を張った。
国内唯一の研究機関
大正12年の鳥取高等農業学校・湖山砂丘試験地開設に始まり、昭和33年の鳥取大砂丘利用研究施設への転換、平成2年の乾地研発足と約100年の歴史を通じて、応用研究(実用学)が研究の根本だ。静砂垣(せいさがき)と植林をセットにした「砂丘固定技術」や、かつては天秤棒の両端に桶(おけ)を抱えて行い“嫁殺し”と呼ばれた水やり作業を解消した画期的な「スプリンクラー灌漑(かんがい)」、ラッキョウなど現在につながる砂地農業の特産研究、中国の砂漠緑化など、成果は現場に還流されている。
宇宙基地を思わせる「アリドドーム」に、野球スタジアムのような赤い円柱形の「アリドラボ」をはじめ、特徴的な乾地研の建物群は緑豊かな林に包まれて建ち、隣接する観光地の鳥取砂丘とは趣を異にする。「何もない砂丘地に植林したのですが、防砂が効きすぎてその後一部を伐採しました。留学生にこの話をすると笑われます」と山中センター長。敷地自体が大きな研究成果だ。
30周年記念誌は「乾燥地研究の源流は鳥取砂丘を舞台とした砂丘研究」と指摘する。乾地研がテーマに掲げている「砂漠化」「食糧危機」「黄砂」の研究の出発点は、灌漑や緑化など砂丘研究だ。その歴史で培ったノウハウを基に、温度や湿度、光など乾燥地の諸条件を人工的に造りだしてシミュレーションできるドームやラボといった先端機器が高度な研究を支え、現代的な課題に対応している。
国内唯一の乾燥地に関する研究拠点の乾地研は、全国の大学・研究機関が共同利用、共同研究できる機関でもある。総合的砂漠化対処など3研究部門があり、教員と学生約50人が所属。半分程度がアジアやアフリカなどからの外国人だ。
モンゴルで「砂塵嵐予報」
乾燥地は降雨量より蒸発する水の量が多い土地と定義される。地球の陸地面積の41%を占め、そこでは世界人口の35%近くにあたる20億人以上が暮らす。砂漠化は風や雨などの気象と、開墾や放牧、伐採といった人の営みにより乾燥地が劣化していく現象で、現在乾燥地の10~20%で砂漠化が発生しているとされる。
中国・モンゴルの砂嵐によって引き起こされる黄砂は、砂漠化によって発生の増加が懸念されている。モンゴルでは乾地研の成果を活用した「砂塵(さじん)嵐・早期警報システム」が実用化されており、放牧している家畜の避難や航空機の運航などに役立っている。
日本に飛んでくる黄砂や大気汚染物質の分析では、冬場は中国で暖房機器を使用することにより黒っぽい物質が飛来するなどの特徴を把握。飛砂ルートの解明も進んでおり、研究成果を、アレルギーなど健康被害を防止することにつなげていく考えだ。
国際社会の一員として
乾地研の研究については、雨が多く乾燥地ではない日本で税金を使って行うことを疑問視する声もある。
この点について、山中センター長は「乾燥地の作物である小麦や大豆を輸入している日本の台所は、乾燥地と直結している。また、黄砂に代表されるように砂漠化の影響は日本に直接やってきている。そして、乾燥地問題への対応は、国際社会の一員として果たすべき役割だからだ」と説明する。
高温耐性コムギの研究で乾地研は、気温を5度上げるなどより厳しい環境を設定し、そこで改良コムギが育つかどうかシミュレーションする。世界的な課題である温暖化などの気候変動や将来の食糧危機懸念に対応するためだ。「社会の役に立つ研究成果を出す」ことが組織の存在価値を示すと、山中センター長は考えている。