中国の中南部・武漢発の新型コロナウイルス肺炎が猛威を振るっている。中国国内で感染が拡大し、複数の都市が実質封鎖され、交通網がストップされるなど、市民の生活は大きな影響を受けている。感染は周辺国にも及び、日本なども被害を受けている。
本来ならば、肺炎対策に全力を挙げなければならない中国の習近平政権だが、「人命より国家の体面」を重視し、「一つの中国」にこだわり、災害を利用して「台湾いじめ」を繰り返している。
WHO緊急会合から排除
まずは、世界保健機関(WHO)の親中派事務局長、テドロス氏に圧力を加え、この国際組織から台湾を徹底的に排除した。元エチオピア外相のテドロス氏は国内にいた時、中国から多くの経済支援を受けたことがあり、中国の要請に「ノー」と言えない人として知られる。1月22日と23日にジュネーブでWHOの緊急会合が開かれたが、新型肺炎の感染者が確認された国と地域の中で、台湾の代表だけが呼ばれなかった。他国での感染情報が台湾に届かないだけではなく、国際社会は台湾からの情報と意見を無視して対策を進めることになる。ゆゆしき事態だと言わざるを得ない。
また、1月23日から封鎖された武漢市内に、2月2日現在も約400人の台湾人が滞在しているとされる。中国政府は米国、日本など他の国に対し、チャーター便で自国民を帰国させることを認めたが、台湾政府の同様の要請に同意しなかった。「台湾は中国の一部であり、他の省と同じ扱いを受けるべきだ」というのが理由らしい。台湾政府はいまも中国と交渉を続けている。
大きな災害を政治利用して台湾を矮小化することは中国の常套手段だ。約20年前に同様のことがあった。1999年9月21日に台湾中部で2000人以上が死亡した大きな地震が発生した。その翌日、中国赤十字の孫愛明秘書長は「台湾は中国の一部」を理由に、「台湾への支援は、中国赤十字の同意を得なければならない」と表明し、国際社会の台湾への支援を妨害した。
同時に、諸外国にある中国大使館は「中国台湾省地震支援口座」を設けて、募金を呼び掛けた。口座名は台湾の在外公館の「台湾大地震募金口座」と類似していたため、各国で混乱が生じた。
中国の横暴を座視するな
中国のこうした「台湾いじめ」はある程度奏功していると言わざるを得ない。1月末から2月初めにかけて、イタリアやベトナムなどは感染予防策の一環として中国への直行便の飛行を停止したが、台湾を中国の一部と見なして台湾便も同時に停止した。台湾政府は「台湾は中華人民共和国の一部ではなく、重大な誤りだ」と猛抗議した。
いま日本政府がなすべきことは、感染症対策で中国を支援する一方、中国の横暴を座視せず、台湾のWHO加盟を力強く支持することだと考える。
筆者:矢板明夫(産経新聞外信部次長)
国家基本問題研究所(JINF)「今週の直言」第654回(2020年2月3日付)を転載しています。