~~
ワシントンでは核論議が真剣さを増し、米国の国政の場にまで及んでいる。「核」とは正確には核兵器による攻撃、威嚇、そして抑止という課題を指す。この議論を高めたのはロシア、中国、北朝鮮の最近の動向である。
これら独裁3国家が核攻撃の可能性をちらつかせて威嚇し、その威力を誇示していることはいずれも核抑止の超大国であるはずの米国への切迫した挑戦である。だが同時に、日本にもそれぞれが核の脅威を突き付けている。特に深刻なのは、ウクライナでのプーチン露大統領の核の威嚇を教訓に、中国が台湾攻撃の冒頭で米国や日本に核の脅しをかけるという見通しである。
ロシアが戦術核使用を示唆したことは米国をたじろがせた。バイデン政権はいまだにこの脅しへの具体的な核の抑止や報復の策を示せないままだ。
この効果を中国が学び、台湾攻撃に対する米軍の介入を阻止するため核兵器使用の威嚇をするという予測が米国の専門家たちの間で明言されるようになっている。その代表例が中国の軍事動向に詳しい日系米国人学者のトシ・ヨシハラ氏の分析である。米海軍大学の教授を長年務め、今は戦略予算評価センター(CSBA)上級研究員の同氏をホワイトハウス近くのオフィスに訪ねると、詳しく説明してくれた。
中国の習近平国家主席が台湾攻撃に関し、グアム島か在日米軍基地を中距離の戦域核(中距離核)で攻撃すると示唆することで米軍の介入を阻止できると判断しつつあるという骨子だった。戦域核とはロシアが使用を示唆する戦術核よりも長射程(1千~5500キロ)の核兵器である。中国は数百の単位で保有する。ヨシハラ氏は米国が戦域核レベルの抑止力を東アジアではほとんど保持していないと述べた。
米国は旧ソ連との中距離核戦力(INF)全廃条約の結果、米本土から中国に届く戦略核は多数、保持していても中国への中距離核はゼロに近いままだというのだ。となると同盟国を守る拡大核抑止の効果が弱くなる。日本にとって米国の拡大核抑止の確実性が揺らぐ危険性があるともいえる。
この点を補う趣旨で、米国の学界で最近、日本の核武装を奨励する議論が出ていることは、日本側でも認識しておくべきだろう。東アジアの安全保障のベテラン専門学者でイリノイ大学政治学部教授のソンファン・チェ氏が最近、ワシントンの隔月刊誌「ナショナル・インタレスト」に発表した「適切な時期 なぜ日本と韓国が核兵器を保有すべきか」と題する論文である。要旨は以下だった。
「東アジアで中国と北朝鮮という2つの敵性国家がともに核兵器の脅威を高める現状では、米国が拡大核抑止の責務の一部を同盟相手の日本と韓国に託すために両国の核兵器保有を奨励すべきときがきた」
チェ教授は米国がそのためにまず日本を優先して核兵器開発を奨励することを提唱していた。
この意見はあくまでも米国における民間の一部の主張である。米政府は核拡散を防止するという態勢の基本を変えてはいない。だが今の核論議は何か変化の予兆をも感じさせるのである。
筆者:古森義久(産経新聞ワシントン駐在客員特派員)
◇
2022年10月23日付産経新聞【あめりかノート】を転載しています