Shin Gobankaji Ceremony 003

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鎌倉時代の承久3(1221)年、天下を二分する戦いに敗れた貴人が京の都から現在の島根県の沖に浮かぶ隠岐の島に配流の身となった。

 

執権、北条氏の追討に兵を挙げた後鳥羽上皇(1180~1239年)である。その遷幸から800年に当たる今秋、上皇を祀(まつ)る隠岐諸島・中ノ島の隠岐神社で日本刀の神前鍛錬が行われた。

 

現代、日本刀は海外で至高の鋼の美術品として絶賛される存在だ。武器としての日本刀に、人々を魅了する芸術性を吹き込んだ天才こそが文武に秀でた後鳥羽上皇であったのだ。

 

国宝・後鳥羽天皇像(水無瀬神宮所蔵)

 

配流後800年

 

10月16日の日没後、海士(あま)町の隠岐神社境内の仮設鍛冶場。灼熱(しゃくねつ)の玉鋼を打つ鎚音(つちおと)が響き、赤い火花が闇に飛ぶ様子を丸山達也島根県知事をはじめ、多くの人々が凝視した。

 

この日は隠岐神社で遷幸800年の奉納行事が催され、神前鍛錬で締めくくられた。烏帽子(えぼし)の装束で打ち初めを披露したのは奈良県指定無形文化財保持者の月山(がっさん)貞利刀匠とその一門。

 

記念事業に合わせた「新御番(ごばん)鍛冶プロジェクト」に賛同しての来島だった。

 

 

日本刀の黄金期

 

御番鍛冶とは、承久の乱の10年ほど前に上皇が備前福岡一文字派の祖・則宗をはじめ、各流派の名人を諸国から毎月、御前に招いて作刀させた制度である。

 

名人は持てる技に一層の磨きをかける。こうして日本刀の機能と美はさらなる高みへ達した。刀剣史上、鎌倉期に名刀が多いのは後鳥羽上皇が刀剣を好み、優れた鑑識眼を持ち合わせていたことによるものだ。上皇は『新古今和歌集』の編纂(へんさん)者でもある。

 

ポール・マーティンさん

 

英国人が発案者

 

「私は時を超え、海を越えて後鳥羽上皇に呼ばれたような気がします」

 

日本刀研究家のポール・マーティンさんは、そう話す。大英博物館の学芸員などを経て2012年から日本に拠点を定めて活躍中の人物だ。日本刀文化振興協会の評議員も務めている。

 

彼が初めて隠岐の島を訪ねたのは、17年の初冬。

 

上皇ゆかりの史跡を訪ねるうちに21世紀の御番鍛冶再現のアイデアが突如ひらめいた。隠岐神社禰宜(ねぎ)の村尾茂樹さんに提案して賛同を得たそうだ。

 

 

島根県・海士町の隠岐神社

 

奈良の月山刀匠

 

知人で映像作家の杉本さつきさんの協力も得て、マーティンさん発案のプロジェクトは始動。10月の神前鍛錬が実現した。

 

実は隠岐神社での刀剣鍛錬は1939年にも行われている。後鳥羽上皇の島での崩御700年を記念した「昭和の御番鍛冶」だ。海士町後鳥羽院資料館には戦前の刀匠たちが鍛えた作品が展示されている。

 

そのうちの一人が月山貞一刀匠。今回の新御番鍛冶となった月山貞利刀匠の父親なのだ。

 

マーティンさんらは、後鳥羽上皇の御番鍛冶の故事にならって計12人の現代刀匠に1振りずつ作刀してもらう計画だ。無鑑査認定の刀匠の方々に依頼する。完成した刀剣は隠岐神社に奉納される。

 

ポール・マーティンさん(右)と月山貞利刀匠

 

憂うべき事態が

 

英国人のマーティンさんが新御番鍛冶プロジェクトを立ち上げたのはなぜか。 「日本刀を取り巻く環境が楽観を許さない状況にあるからです」

 

海外ではインターネットで独習し、作刀する人が増えている。似て非なる日本刀もどきが生まれているのだ。中国や韓国製の居合刀が海外に輸出されているようだ。

 

また、本物の日本刀が海外でネット研師(とぎし)の手にかかると姿が崩れて取り返しのつかないことになる。

 

日本人の知らない所で仰天の事態が進んでいる。

 

一方、国内では多くの刀匠の暮らしが楽でない。後継者育成もままならないのが現状だ。刀剣女子の出現で刀への偏見は薄らいだが、現代刀匠の真新しい刀は、なかなか売れない。

 

日本刀の存続には刀匠だけでなく、研師、鞘師(さやし)、柄巻師(つかまきし)など多くの職人の熟練の技が必要だ。どの技が欠けても支障を来す。日本刀は本邦の伝統文化と深く結びついている。伊勢神宮の式年遷宮にも必須だ。

 

新御番鍛冶プロジェクトの目的は、当代最高峰の日本刀を後鳥羽上皇の眠る隠岐神社に奉納することで、正確な作刀の技と文化を将来の世代にしっかり伝えていくことにある。

 

 

12振りの奉納を

 

奉納刀の制作資金はインターネット上のクラウドファンディング(CF)で募る。月山刀匠が作刀を開始した1振り目のための目標額は400万円。これまでに100万円強が寄せられているが、苦戦気味だ。

 

杉本さんは「日本刀に関してイギリス人とイタリア人が動いているプロジェクトなので、世界規模で伝統工芸の生存戦略を組み立てたい」と話す。彼女の母堂はイタリア人なのだ。

 

ちなみに10月16日の隠岐は雨だった。後鳥羽上皇の行事日は昔から雨になるという。伝説は生きていた。

 

筆者:長辻象平(産経新聞)

 

 

新御番鍛冶プロジェクトのクラウドファンディング

 

 

2021年11月24日付産経新聞【ソロモンの頭巾】を転載しています

 

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