ロボットを操作する辻川覚志医師
=大阪府門真市
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高齢化と核家族化が進む中、介護施設や一人暮らしの自宅で孤独や不安を感じる高齢者は少なくない。新型コロナウイルス禍で人との交流も減った。そんな中、人を癒やすロボットの開発がさまざまな観点から進んでいる。理化学研究所(理研)は介護現場での活用を見据え、人のように表情を作ることができるアンドロイドを開発した。一方、大阪の医師らは一人暮らしの高齢者の悩みを軽減する声掛けをするロボットを、今年2月に実用化した。ロボットは、高齢者が抱える孤独や不安を解消できるのか。
表情で共感するアンドロイド
人に酷似した外見で、店頭に立って接客するなどの実証実験が行われているアンドロイド。だがロボットが高齢者とのやりとりで共感を得たり、心を癒やしたりするためには、アンドロイドが表情で喜怒哀楽を表現でき、さらにそれが正確に相手に伝わることが欠かせない。
「介護現場では、着替えを手伝うといった物理的支援をするロボットの研究がメーンで、共感し配慮するといった心理的支援を行うロボットについてはほとんど研究がなかった」。理研ガーディアンロボットプロジェクト心理プロセス研究チームリーダーの佐藤弥(わたる)氏はそう語る。
佐藤氏らの共同研究チームは、怒り▽嫌悪▽恐怖▽幸福▽悲しみ▽驚き-の6つの感情について、人の表情筋の動きを精緻に再現できるアンドロイド「Nikola(ニコラ)」を開発。これらの表情が、対面した人に正しく認識されるかを検証した。
実験では、一般参加者30人にニコラが6感情を表現した写真を見せ、すべての感情が適切に認識されることを確認した。また、ニコラがさまざまな速さで6感情を顔に表す動画を30人に示して表情の自然さを評価してもらう実験も実施し、驚きの表情は速いほど自然に感じられるなど、人と同じように速さの影響を受けることも証明した。
共同研究チームは「アンドロイドが人と同じ空間的・時間的パターンで感情を表現できると実証した世界初の例」とし、今年2月に発表した。現在、共感的な声掛けのコンピュータープログラム、優しく触れるロボットアームなどの開発も進行。共感的な介護手法として知られる「ユマニチュード」を参考に、そうしたコミュニケーションができるアンドロイドの開発も目指している。
理研は、今回の研究に携わった心理チームなど計6チームによって、自律的に人を支援するロボットの開発を進めており、ニコラの研究もその一環だ。佐藤氏は「今回は基礎的な研究だが、さらに研究を積み重ね、介護現場で応用できれば」と話した。
悩みを解決する声掛け
一方、一人暮らしの高齢者の悩みや寂しさの解決策を提案するロボットを開発したのが、大阪府門真市の耳鼻咽喉科医院で院長を務める辻川覚志(さとし)医師(70)らだ。
辻川氏が東京大工学系研究科人工物工学研究センターの本田幸夫特任研究員(福祉ロボット工学)とともに完成させた「楽生きロボットさとしくん」はマイクとボタン、スピーカーのみで、人のような表情はない。だが、辻川氏は「高齢者に役立つ情報を状況に応じて提供する、これまでになかったロボットだ」と話す。
人との対話は、4つのボタンで行う。ロボットに「こんにちは」と呼びかけるとロボットも「こんにちは」と答えて問答がスタート。悩みがあるのかないのか、あるなら具体的にどんな悩みなのかという問いに対し、①自分のこと②親や身内のこと③他人のこと④その他-といった4択の質問に答えてボタンを押していくと、解決の糸口となる考え方が提案される。
例えば、寂しさについて「子供が何も言ってこない」「つながりが切れてるように感じる」を選択した場合、ロボットは「今の方々はいかに元気そうに見えていても頭を使うことが多くあります。親御さんまで十分に連絡する余力が残されている人は少ないような感じがしますが、どうでしょうか」と応じる。つながりが切れたわけではなく、親に連絡する余力がない人がほとんどなのだと考え直すことで、寂しさは軽減されそうだ。
必要不可欠なロボット開発
ここで示される考え方は、辻川氏が長年、高齢者との対話によって蓄積した最適解だ。辻川氏は平成23年から10年間、独居高齢者に定期的に電話をかけて近況を尋ねる門真市医師会のボランティアに参加。約1万5千回に上る高齢者とのやり取りに加えて6千人を対象にしたアンケートも実施した。独居の高齢者がどんな寂しさや悩みを持っているか、それに対するどんな声掛けをすれば悩みを軽減できるかを蓄積し、データ化した。
ロボットから発せられる質問は約千パターン、回答は約2万パターン。辻川氏は「心身が弱ってきたと感じたときや、病気やけがをしたときなどにロボットを使ってほしい」と話す。完成したロボットは約3万円で購入することもできるが、希望者に1カ月間無料で試用してもらい、さらに改良を重ねるとしている。
厚生労働省介護ロボット担当参与も務める本田氏は「ロボットは技術だけではなく、使う人のことを考えるのが大切。このロボットは辻川医師の生のデータを生かし、使う人の立場に寄り添ったのが大きな特徴だ」とし、「ケアが必要な高齢者は今後ますます増える一方、ケアする人は少なくなる。人手不足を解消するためには『あったらいい』ではなく『なくてはならない』ロボットを開発する必要がある」と話した。
筆者:加納裕子(産経新聞)
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2022年4月10日付産経新聞【クローズアップ科学】を転載しています