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人工多能性幹細胞(iPS細胞)から作った心臓の筋肉(心筋)の細胞を球状に加工した「心筋球」を、重い心不全患者の心臓に移植する世界初の治験で、、手術を行った患者2人について顕著な症状改善効果を確認したことが9月9日、分かった。慶応大発の医療ベンチャー、ハートシード(東京都新宿区)が実施。心筋梗塞で硬化し収縮しづらくなった心臓の収縮機能が倍増した。iPS心不全治療を新たな段階へと導く成果で、令和7年の実用化を目指すという。
治験の対象は、心臓の血管が詰まって心筋が壊死(えし)し、心臓の筋肉組織が硬くなって柔軟性が失われ、血液を送る力が衰えた「虚血性心筋症」という心不全の患者。息切れやむくみが起こり、悪化すると歩行ができなくなり生命の危険も生じる。
既に4手術を実施。そのうち昨年12月に1例目、今年2月に3例目の手術を、いずれも60代男性に対して実施した共同研究機関の東京女子医大病院(東京都新宿区)が、術後半年を経過したことから、治療の効果について取りまとめた。
2人とも重篤な副作用はなく、細胞のがん化もなかった。心筋球は約30倍の大きさに成長し心臓と一体化。筋肉組織は柔軟さを取り戻し機能が改善した。生命にかかわる不整脈もなく、患者は退院し歩行のリハビリテーションも始めたという。
手術から半年後の分析では、心臓が血液を送り出す力を示す収縮率(健常者は平均約65%)が、1例目が26%から28%に改善。3例目は、17%から38%に倍増した。また、心筋梗塞を起こした心筋細胞数の指標となる物質も、1例目が血液1ミリリットル当たり1万1471ピコグラム(ピコは1兆分の1)から5733ピコグラムに急減。その後も減少が続いている。3例目は、5225ピコグラムから817ピコグラムに大幅減少し、重篤な心不全の基準となる900ピコグラム以下に改善した。
同社の社長を務める福田恵一・慶応大名誉教授は「入念な準備を重ねた結果、大きな問題は起こっておらず、iPS心筋球移植の安全性と有効性を立証できた。日本発の新たな心不全治療法を世界に広げたい。今後は世界規模の最終段階の共同治験を行い、令和7年ごろの実用化を目指している」と説明している。
今回の成果は、9日に開かれた日本心臓病学会学術集会で発表された。
iPS心不全治療が新たな段階に
慶応大発の医療ベンチャー、ハートシードが行った治験で、人工多能性幹細胞(iPS細胞)から作った「心筋球」の移植が、重い心不全の治療に対して非常に有効であると確認された。これにより、iPS細胞を活用した心不全治療は、新たな段階に到達した。
iPS心不全治療を世界で初めて成功させ、道を切り開いたのは、大阪大だ。令和2年、シート状に加工したiPS細胞由来の心筋細胞を、患者の心臓に張り付けた。
心筋シートは、血管形成を促進する物質を分泌するなどして心臓の機能を改善した。移植後、約3カ月で分解し消滅するが、存在する間は症状の進行を食い止められる。
一方、ハートシードの治験は、iPS細胞由来の心筋細胞約1千個をひとまとめにした心筋球を計約5万個、心臓の筋肉組織に特殊な注射針で移植した。半年後には約30倍の大きさに成長。患者自身の心筋細胞と一体化し、力強く拍動した。移植した細胞は筋肉組織に定着し、消滅しない。
再生医療の観点から言えば、心筋シートは心臓の「機能の再生」に成功した。一方、心筋球はさらに、持続的な「組織の再生」にも成功し、iPS心不全治療を、新たな段階へと導いた。
心臓病は、日本人の死因のうち、がんに次いで多く、年間約21万人が死亡。中でも心不全は高齢者を中心に増えており、国内患者数は約120万人と推定されているが、特効薬はない。重篤時の治療法は、心臓移植や補助人工心臓の装着などだが、臓器提供者の不足や患者の肉体的負担の大きさなど課題が多い。
そのため、iPS心不全治療に選択肢が増えれば、症状に応じた最適な治療が実現する可能性が高まる。国の医療費軽減にも寄与するだろう。
ただ、現時点のiPS心不全治療はいずれも開胸手術が必要だ。心臓移植ほどではないが、肉体的負担は小さいとはいえない。ハートシードの福田恵一社長は「将来は、血管にカテーテルという器具を挿入し、開胸手術なしで移植する方法を実現したい」と、さらに先の段階を見据えている。
筆者:伊藤壽一郎(産経新聞)