竹島(島根県隠岐の島町)
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7月8日、参院選の最中、遊説中の安倍晋三元首相が凶弾に倒れた。その時、思ったのが1909年10月、満洲のハルビン駅で凶弾に仆(たお)れた伊藤博文である。元韓国統監の伊藤が暗殺されたのは、日露戦争に勝利した日本が大韓帝国を保護国とし、統監府を設置して、大韓帝国の行政改革と財政再建に取り組んでいたときであった。
安倍氏の横死もまた、ロシアによるウクライナ侵攻と尖閣諸島周辺海域での中国による挑発行動が続く中、国事多難の時であった。そのため安倍氏の死は、多くの日本国民に大きな喪失感を与えた。日本国民も、日本が厳しい国際環境の下に置かれていることを知っているからだ。
根拠なき歴史認識
その渦中で、日本にとっての喫緊の課題は、最悪といわれる韓国との関係修復である。日本と中国に挟まれた朝鮮半島は、常にキャスチングボートを握ってきたからで、伊藤が大韓帝国の改革に心血を注いだ理由もそこにある。
だが安倍政権も含め、日本の対韓外交は常に拙速、稚拙であった。それは日韓の国交正常化交渉以来、韓国側の対日攻勢に十分な対処ができなかったからだ。事実、1954年には竹島を占拠され、教科書問題、慰安婦問題、日本海呼称問題、いわゆる徴用工問題などと続いた。
韓国側が道義的な問題で日本に攻勢をかけ、日本の行動を縛るのは朝鮮半島の伝統的な外交手法である。それも、歴史的根拠のない「歴史認識」に依拠して、日本に過去の清算と反省を求めるのである。
そのため不用意に対処すれば、重大問題に発展する。教科書問題や慰安婦問題、いわゆる徴用工問題がそれである。これらはいずれも初期対応を誤ったため、「日本の帝国主義の復活」といった「歴史認識」が醸成され、それを根拠に日本に「過去の清算」を迫るのである。その連鎖を断ち切らない限り、日本は捏造(ねつぞう)された「歴史認識」によって、非難され続けるのである。
それが尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権に代わり、韓国側も日韓関係の改善を求めているが、その背後には「歴史認識」で生成された国民感情があることを忘れてはならない。その時に、日本側が慰安婦合意やいわゆる徴用工問題で強硬な姿勢を示せば、韓国政府としても国民感情を意識して、反発せざるを得ないことになる。
国費の無駄遣い
しかし日韓両国政府がこの繰り返しを克服できない限り、日韓関係は改善しない。それを象徴的に示しているのが、韓国ではほぼ100%実施されている住民登録証と、日本政府のマイナンバーカード普及策の違いである。その普及のため、日本では最大2万円相当のマイナポイントをプレゼントし、宣伝費なども国費で賄っている。
昨今の対韓外交は、これと似たところがある。歴史的事実とは無縁の「歴史問題」に、日本側が巨費を提供してきたからだ。だがマイナンバーカードの普及は、それほど難しくないのである。
それは病院に行くときは、誰もが保険証を持参するからだ。その支払いの際に、マイナンバーカードを提示しない受診者には、2~3割増しの料金を請求するだけでよいのである。そうすれば保険医療費も増収となり、マイナンバーカードを申請する人も自然と増えてくる。この方式を定期券購入や公共サービスにも応用すれば、宣伝費も不要になる。
コンサート共催
これはマイナンバーカードの普及と同様、工夫をすれば、「歴史問題」も外交当事者が侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をしなくても済むということだ。それに今は、日韓の関係修復の機運が高まっている。最悪といわれる日韓関係の改善にも、その元凶となった「竹島問題」を利用すればよいのである。
竹島問題の舞台となったのは、日本海の中の隠岐諸島(島根県)と韓国の鬱陵(うつりょう)島である。であればその間に航路を開き、その両島で定期的に、JポップとKポップのコンサートを共催するだけでよい。自然と人的交流が始まり、日韓の関係改善に関心を持つ人々も増えてくる。
それにJポップとKポップは、日韓だけのエンターテインメントではない。さまざまな国のファンたちが隠岐諸島と鬱陵島を訪れれば、中露の艦隊もうかうかと日本海を航行することができなくなり、北朝鮮も日本海でのミサイル発射実験を控えることになる。日韓の国民は互いに文化交流を楽しみ、日本海周辺地域の観光振興にも貢献するのである。
幸か不幸か、今はコロナ禍のため、JポップとKポップのコンサートは即時開催が難しい。そこで日韓両政府は、コロナ終息後の共催を謳(うた)って、互いの国民感情を未来志向的にすればよいのである。難題はその後で話し合えばよい。「エンターテインメント」の語源は、「一緒に」と「維持する」を意味する言葉の組み合わせだからだ。
筆者:下條正男(東海大・島根県立大客員教授)
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2022年7月31日付産経新聞【竹島を考える】を転載しています