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NATO Secretary General Jens Stoltenberg, center front left, speaks with U.S. President Donald Trump, center front right, after a group photo at a NATO leaders meeting at The Grove hotel and resort in Watford, Hertfordshire, England, Wednesday, Dec. 4, 2019. NATO Secretary-General Jens Stoltenberg rejected Wednesday French criticism that the military alliance is suffering from brain death, and insisted that the organization is adapting to modern challenges. From left, French President Emmanuel Macron, Norway's Prime Minister Erna Solberg, German Chancellor Angela Merkel, Poland's President Andrzej Duda and Greek Prime Minister Kyriakos Mitsotakis. (AP Photo/Francisco Seco)

 

 

あれだけ自己顕示欲が強く、暴言癖があり、自信家でもあるトランプ米大統領が、今回はよくまあ、耐えたものである。「時代遅れ」と脱退までほのめかした北大西洋条約機構(NATO)の首脳会議に、一転して重要なメッセージをもって参加した。

 

ご自身は相手が独裁者であっても一対一の「取引」を好み、この手の多国間協議や協定を嫌う。つい先ごろも対中戦略上、重要な東アジア首脳会議にオブライエン大統領補佐官を代理出席させてひんしゅくを買った。今回ばかりは、側近たちに尻を押されたのか。マクロン仏大統領やメルケル独首相と気まずい関係にあろうとも、12月2日夜からロンドンのNATO首脳会議に出向いて「中国の脅威と向き合え」と、欧州勢を鼓舞する必要があった。

 

NATOの創設70年、冷戦終結から30年という節目の首脳会議が、初めて「中国の脅威」を協議したとの大局からみれば、NATOの転換点として長く記憶されることになるだろう。

 

 

よみがえる警戒感 共産主義は「敵」

 

トランプ政権の対中観は、10月末のペンス副大統領とポンペオ国務長官の相次ぐ2つの演説に代表される。彼らの演説に共通するのは、中国当局を繰り返し「中国共産党」と呼び、「共産党政権は中国の人々と同じではない」と切り離したうえで、共産主義を厳しく断罪していることだ。

 

両者は7月にワシントンで「信教の自由に関する閣僚級会合」の国際会議を主催して、ウイグル人に対する抑圧を「人権弾圧」と攻撃し、米中対立を覇権争いを越えた「価値観の衝突」にまで引き上げている。宗教や人権を擁護する自由主義と、宗教をアヘンと考える共産主義との対立構図をよみがえらせたのだ。

 

とくにペンス演説から1週間もたたずに行われたポンペオ演説は、その中国を「レーニンの党が支配し、誰もが共産主義エリートの意思に従って行動しなければならないのか」と批判し、「それは民主主義者が望む未来ではない」と断言した。米国人や欧州人にとって共産主義イデオロギーは、米ソ冷戦の記憶が呼び起こされ、「敵国」として警戒の対象になる。

 

トランプ政権にとって中国は、超大国の地位を揺るがす脅威であり、ソ連の後継国家ロシアとの急接近を「これまでは軽視しすぎた」とみる。かつての米ソ冷戦期は、ニクソン米大統領が米中ソのうち、最も弱い中国を「対ソ封じ込めのカード」に使った。いまは逆に、中国が最も弱いロシアを「対米カード」に使おうとしている。

 

プーチン露大統領はクリミア半島を併合して米欧から経済制裁を受けると、中国接近にかじを切って「中露枢軸」を形成した。

 

 

「開かれた社会」に見過ごせない影響

 

NATOを「古い同盟」「時代遅れ」とけなしていたトランプ大統領といえども、ここは一転、「同盟の結束」の司祭を演じざるを得なかった。

 

米ソ冷戦期の主要舞台が「西の欧州」であったときでさえ、「東のアジア」で日本や韓国による支援は不可欠であった。いまは逆に、米中新冷戦の主要舞台がインド太平洋であったとしても、「中国の脅威」に警鐘を鳴らしてNATOを引き込む潮時であった。まして中国との新冷戦は、著名な米外交コラムニストのファリード・ザカリア氏によれば、対ソ冷戦よりもはるかに長い時間と高いコストがかかり、そして結果に不確実性がある。

 

中国を巨大市場としか見てこなかった欧州にも、変化の兆しが見えてきた。

 

一つはドイツのメルケル政権が、米国の警告を振り切って第5世代(5G)移動通信システムに中国の華為技術(ファーウェイ)を使うことをいったんは認めたものの、実は足元から揺さぶられた。与党のキリスト教民主同盟内で、代議員らが反旗を翻して華為5G阻止につながる決議を行った。これにキリスト教社会同盟までが同調した。

 

これまでも、中国企業によるドイツ企業の買収に、ドイツは安全保障を理由に規制を強化しており、もはや、バラ色のレンズで中国を見ることはなくなった。中国政府が中国に進出する外資系企業にまで、社内に共産党支部の〝細胞〟をつくるよう強要することに反発していた。それは「開かれた社会」にとって深刻な脅威なのである。

 

 

極秘文書が暴いた大規模な抑圧実態

 

もう一つは、自由を求める香港の民主派に対する弾圧やチベット人やウイグル人に対する抑圧への嫌悪である。とりわけ、中国共産党の内部から大量の極秘文書が流出し、少数民族ウイグル族に対する習近平体制による大規模な抑圧が明らかになったことは決定的だった。

 

10月末に米英を中心とした西側23カ国が、国連総会第3委員会でウイグル人の恣意(しい)的な拘束を止めるよう求める共同声明を出した。中国がこれに反発したのは言うまでもない。

 

ウイグル抑圧が、米紙のいう中国による反イスラム的な「文化浄化」だとすれば、今後、イスラム世界の反発を呼ぶ可能性がある。これまでも中国は、周縁部の新(しん)疆(きょう)ウイグル自治区やチベット自治区に漢民族を続々と送り込み、中心都市ラサではついに漢民族がチベット族の人口を上回ってしまった。

 

政治学的にはこうした国家政策を、他民族を追い出す「民族浄化」か、もしくは自民族に同化させる「民族同化」などと呼ぶ。社会人類学者のアーネスト・ゲルナー氏の定義に従えば、中国がウイグル族やチベット族に対する強制力をもってしても、自然の内なる愛国にはなりえない。

 

かくして、中国主導による中露疑似同盟、欧州経済への侵食、そして周縁部の「文化浄化」は、ひび割れた米欧に「同盟の結束」をうながす要因になった。

 

NATO首脳会議後の「ロンドン宣言」は、中国の影響力拡大を挑戦であると認め、加盟国による一致した取り組みの必要性を強調した。5Gを含む通信技術の安全性確保に努めると表明している。ストルテンベルグ事務総長が記者会見で「NATO加盟29カ国が、中国の問題に対処するのは、正しい方向への重要な一歩」と表明した意義は見逃せない。

 

筆者:湯浅博

 

 

12月13日付産経新聞【湯浅博の世界読解】を転載しています

 

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