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ロシアとウクライナで昨年来進行する事態が何を意味するのか。俯瞰(ふかん)すれば、「強い軍」が支えてきたロシアの衰退が加速している、ということか。
日本は隣国で、世界最大の領土を持つロシアの崩壊、分裂に念のため備えなければならなくなった。超大国ソ連倒壊の例もある。
ロシア民族の人口減少が進み、陸上兵力の縮小は確実な未来だ。ロシアにとってウクライナ侵略は、大規模な対外侵攻の最後の機会なのかもしれない。
非道な侵略の報いとしてロシアは、経済成長や軍事力強化に不可欠な「科学技術の革新」を重ねてきた日米欧の自由主義圏から、切り離された。自給自足型の経済運営を強行しても、強力な軍を長期的に保持したり、経済成長を続けたりすることは無理である。もともと国力の源は石油や天然ガスなど鉱物資源の輸出であって、先進工業国ではない。
民間軍事会社「ワグネル」の反乱で分かったことは、戦車や対空火器を持つ少数の陸上部隊の進軍を前に、首都モスクワの防衛に不安があったという点だ。首都でこれなら辺境はがら空きなのではないのか。
陸軍の訓練された将兵をウクライナですり潰し、泥縄式で集めた新兵を投入した結果がこれだ。プーチン政権は核戦力を誇示して自国防衛を図るしかないが、治安や秩序、モスクワ所在の政権の正統性まで核兵器で確立することは難しい。
ロシアがシベリア征服を終えたのは日本の江戸時代である。今後は、国力の低下と混乱で人口約700万人の極東ロシア地域を保てなくなるかもしれない。国境線の南には巨大な人口を擁する中国が控えている。
6月8日付の本紙正論「ロシアの極東地域を狙う中国」で楊海英静岡大教授は、中国政府が今年2月、ウラジオストク、サハリンなど極東ロシアの8地名について、清朝期の名称を中国名として地図上で併記するよう義務付けたと明らかにした。権利もないのに「失地」回復を図ろうという底意が感じられる。
ロシアが大混乱に陥り、沿海州はもとより樺太(サハリン)や千島列島、北方領土まで中国が占拠する事態となる恐れはないのか。日本政府はシミュレーションを重ね、万一の際にとるべき行動への備えと理論固めをしておいた方がいい。北方の防衛力をおろそかにしてはいけないのはもちろんである。
筆者:榊原智(産経新聞論説委員長)
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2023年7月1日付産経新聞【風を読む】を転載しています