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都心ではコンビニや飲食店の店員・スタッフ、ビルの清掃員らで外国人を見ない日はない。企業でも外国人スタッフはいまや日常だ。外国人労働者の恩恵を受けていることをわかりつつも、日本が「移民社会」になってしまうことに賛同しない人は多い。政府や経済界は外国人受け入れについて制度を新設したり変えたりしながら門戸を広げているが、国民の合意形成を欠いたまま実質的な移民社会に移行してしまえば、将来に深刻な禍根を残すことになるだろう。
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昨年12月、ある菓子メーカーの商品の不買運動を呼びかける動きが交流サイト(SNS)上で起きた。事の発端は、米菓大手、亀田製菓のジュネジャ・レカ会長CEO(最高経営責任者)のAFP通信記事での発言だった。
認識の違いで炎上
「ジュネジャ氏は、日本経済が高度成長期の栄光を取り戻すためには、マインドセット(考え方)を変え、より多くの移民(immigrants)を受け入れる必要があるとの考えを示した」。文中では、「かつて食品原料メーカーや製薬会社に勤務していたジュネジャ氏は、日本にはさらに多くの移民を受け入れる以外に『選択肢はない』と言い切る」とある。
こうした発言が一部の反発を招き、SNS上での同社商品の不買運動呼びかけが始まった。さらに、一部の同社商品に中国産があったとして騒ぎはしばらく続いた。
亀田製菓はこの件に関する取材はすべて断っているとのことだった。
インド生まれのジュネジャ氏は、1984年に大阪大で生物工学を学ぶために初来日した。日本企業に入社後、キャリアを積み、ロート製薬取締役副社長などを経て、2022年に亀田製菓のCEOに就任。日本に帰化している。
23年に日印協会の講演会でジュネジャ氏の話を聞いたことがある。流暢(りゅうちょう)な日本語で冗談を飛ばしながら、日本への敬意と愛情を表現していた。日本にもっと頑張ってもらいたい、もっと頑張れると熱く語っていた。今回の発言も日本へのエールなのだが、「移民」という言葉が出たために強い反発を引き起こした。ただ、亀田製菓の不買運動を起こされるほどの話かといえば疑問だ。不買運動をされて最も困るのはクレーム対応などに追われる社員である。
この一件が示すのは「移民」に対する強いアレルギーの存在だろう。多くの人は、報道でみるような、欧米に大勢流入して集団で犯罪行為をするような人たちを「移民」としてみているから脊髄反射のように反応してしまう。ジュネジャ氏は、自身もそうであるように高度な知識や能力を持った外国人のことを主に指したと思われるが、記事ではその点への言及が不十分だったこともあって批判の餌食になってしまった。
難民に冷たくない
「当事者の移住意思と受け入れ国の制度が合致しているという『相思相愛』の状況にあれば、合法的な<移民>となります。しかし、受け入れ国による要件・基準を満たしていなければ、不法あるいは無許可状態の<移民>となります。しかも、日本の場合は、一度入国したらずっと滞在できるという定住前提の<移民>ではありません」
昨年12月に出版された『難民に冷たい国?ニッポン 支援と審査の現場から』(慶応義塾大学出版会)にこう書いたのは、認定NPO法人「難民を助ける会」で長年、難民支援活動に携わってきた柳瀬房子氏。
執筆の動機は、日本は難民に冷たい国ではなく、政府・民間組織・個人からの支援を受けて、自立し活躍しているのに、その事実が報道などで伝えられないため、知ってもらいたいとの思いからだ。最近も朝日新聞がホームレスの〝難民〟を取り上げていたが、本当の難民なら認定されている。
法務省の難民審査参与員の柳瀬氏は、2021年4月21日の衆院法務委員会での参考人発言で注目を集めた。自身も参与員になるまで入管は難民認定すべき人を認定していないのではないかと疑っていたことから、「何とか難民の蓋然性のある人を必ず見つけて救いたいという思い」で参与員を務めてきたが、約17年間で2千件以上の案件を担当して、難民認定すべきだという意見書が出せたのは6人だったと証言したのだ。
柳瀬氏と昨年12月にお会いしてわかったのは、「難民認定申請者は『日本で仕事をしたいけど方法がわからないから申請した』『難民ビザは仕事ができる資格だと思っていた』とだまされて来日する人がいる」ということだった。難民認定が就労資格の一つとして認識されているのだ。埼玉県川口市に在留するトルコの少数民族クルド人が出稼ぎ目的で入国し、難民認定を申請する背景にもつながる。
難民認定申請者は審査に時間がかかることから、申請中は「特定活動」の資格で就労できるが、昨年6月施行の改正入管難民法で、申請は原則2回までで、3回目以降の申請者は新たな特別な事情がなければ送還することが可能になった。
ただ、6カ月間の特定活動は、さまざまな条件がある就労目的の在留資格よりも自由度が高いことから、「難民認定の申請が就労資格を得るための代替手段になっている」。申請中に仕事をしてスキルを身につける人もいるといい、それが結果的に「不法滞在・不法就労、送還忌避、収容長期化という悪循環を生んでいるのもまた事実」という。さらなる改善が必要だ。
柳瀬氏は著書でこう書く。「そもそも出入国在留管理行政の行く末は、外国人材(財)の受け入れ政策を組み立てるなかで、将来の日本をどのような国にするのか、未来の子どもたちにどのような国を遺(のこ)すのかによって、その方向が大きく変わるものです。(中略)その将来展望の土台を作る方法は、やはり国民的な議論に基づく合意形成しかあり得ません」
一度入国したら定住が可能になるような「移民政策」には反対でも、この指摘には共感できる。
感情ではなく勘定
月刊「正論」2024年7月号は、「特集 なし崩しの〝移民〟受け入れ」で、青山学院大学の福井義高教授の「国民を富ませない移民の経済効果」を掲載した。オランダで23年に公表された報告書「国境なき福祉国家」(最終版)を検証したものだが、福井氏は23年7月号でも米ハーバード大学のジョージ・ボーハス教授の研究をベースに移民の経済効果を論じている。2本の論考に通じるのは、「建設的議論の一助とすべく移民を感情ではなく勘定の問題として考えてみた」点だ。
移民を経済効果で論じることには反発があるかもしれないが、移民を受け入れて国が貧しくなるのは本末転倒だ。受け入れにもお金はかかるのだから、移民がもたらす経済効果は無視できないポイントである。
オランダと米国のケースから福井氏は、「移民受け入れは、自国民の所得増を伴わない、格差を拡大する所得再分配政策なのである。勝者は企業とエリート、敗者は一般国民である」と結論づけている。
オランダのケースをもう少し紹介すれば、「国境なき福祉国家」は全オランダ人口の個人データを使って、オランダ人と移民(出身地域別)のそれぞれの財政貢献と、それぞれに対する財政支出を推計。非欧米出身移民1人当たりの2016年の財政貢献度はマイナス170万円だった。さらに複数年度ベースでみると、マイナス幅はさらに大きくなったという。
福井氏の論考では、物価上昇率などあらゆる変動要因も考慮されていることが説明されている。人情としては冷たい話ではあるが、きれいごとでは済まされない議論だけに冷静に考慮されてしかるべきだ。
柳瀬氏のように、難民支援などの現場を通じた知見を持つ人がいる一方で、福井氏のようにデータで経済効果を論じる人がいる。柳瀬氏は「多文化共生」を向き、福井氏は「第一に自国民、とりわけ弱い立場にある国民の福利」、と異なる考え方を取る。政治はこの隔たりを克服し、一定の合意形成を図らねばならない。そうでないとデータに基づく冷静な議論が根付かないばかりか、現実にさえ根差さない感情的な対立を招くことになるだろう。
筆者:田北真樹子(産経新聞特任編集長)
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2025年1月5日付産経ニュース【サンデー正論】を転載しています
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