
宇治茶の新芽を摘む女性ら=京都府宇治市(渡辺恭晃撮影)
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同じ抹茶でも、濃茶は練る、薄茶は点(た)てるという。
加減よく練り上げた濃茶は艶やかで、まったりとした飲み口。薄茶は、茶道の流派によっても違うが表面の泡はふわり、のど越しは軽やかだ。
粉末にして飲む手法は中国から入ったけれど、故郷では廃れ日本で進化した。今では日本独特の飲み方として、また茶道文化として発展している。
だからこそ、そんな歴史とともに大切に味わいたいと思うのだが、昨今、抹茶が足りないという。一体何が起きているのだろう。
抹茶ブーム
先日、京都・宇治に住む友人を訪ねた。寄り道をしたメイン通りは茶の店がずらり。抹茶味のソフトクリームや菓子は以前から観光客に人気があったが、最近は様子が違っている。抹茶そのものが人気なのだ。
のぞくと、小さな缶や箱を両手に抱えてレジに並ぶインバウンドであふれんばかり。1箱数十グラム入りで千円前後から、高価なものでは1万円を超えるものもある。決して安くはないのだが…。
聞くと、「健康にいいから」「飲んだらおいしかったから」「かき混ぜる竹の道具(茶筅(ちゃせん)のことか)も買って帰りたい」など。ちょっとしたブームだ。
個数制限している店もあるほどで、ならばオンラインでとパソコンを開くと売り切れている銘柄もあった。急に大量生産できるものでもないらしい。
業界の定義では、茶の木に覆いをかけて一定期間、日光を遮り栽培したものを碾茶(てんちゃ)といい、それを蒸して乾燥させ、石臼などでひいたものが抹茶と呼ばれる。光合成が抑えられることで渋みが減りうまみが増す、高級品なのだ。
輸出額も増加中で、昨年は364億円と過去最高を更新。農林水産省は先月、生産量の多い煎茶(せんちゃ)から碾茶への転換を進める方針などを打ち出した。多様な用途が見込める付加価値の高い農産物だ。一過性に終わらぬよう、品質を守って生産量を増やす努力をしてほしいと思う。

健康のために
最近、おもしろい発表があった。伊藤園(東京)が開いたフォーラムで、筑波大発バイオベンチャーのMCBIなどと共同で実施した抹茶と認知機能についての最新研究がテーマである。成果は昨夏に米学術雑誌「PLOS ONE」に掲載された。
茶の効果についてはさまざまな研究があるが、今回は軽度認知障害(MCI)と診断された人らが対象だ。薄茶1杯分にあたる抹茶2グラムを毎日、1年間摂取したところ、表情認知テストと睡眠の質について改善効果があったという。
成分についてはすでに分かっていることも多い。例えば、テアニンはリラックス効果など、カテキンには血中コレステロールや体脂肪を低下させる効果がある。興味深かったのは、含まれているカフェインは睡眠を妨げるはずだが、逆に睡眠の質に改善傾向が見られたのはなぜか、ということだ。まだまだ茶の謎は多そうだ。
実は、茶と一口にいってもさまざまな飲み方がある。煮出したり、湯を入れて成分を抽出したり。そもそも奈良~平安時代以降、たびたび日本に輸入されてきたが、その都度、形状も飲み方も多様だった。
日本で茶の栽培が始まったのが鎌倉時代で、僧の栄西が持ち帰ったとされ、当初は薬としてだった。有名なのが鎌倉幕府3代将軍、源実朝のエピソードだ。二日酔いで栄西が献じた茶を飲むと、すっかりよくなったと史書『吾妻鏡』にある。
当時の茶は粉末をかくはんして飲むタイプで、現在の抹茶に近かった。ところが中国では廃れてしまい、日本で残って独自の文化となったのだからおもしろい。ちなみに、栄西が書いた『喫茶養生記』は「茶は養生の仙薬なり」で始まる。
コロナ禍を越えて
そんな抹茶もコロナ禍を耐えてきた。濃茶の大切な作法の一つが、数人で同じ1碗(わん)の茶を分け合う「回し飲み」で、ここ数年は控えられてきたが最近、復活し始めている。
露地に水を打ち、香をたき、茶室に入る前にはつくばいで手や口を清め…と、全てに場や心を清める工夫と意味がある。
海外では抹茶はフレーバーの一つかもしれないが、この国ではその力を信じ風味を愛し、歴史を重ねてきた。心の薬として一杯のお茶を。ブームの先にそんな味わい方も学んでほしい。
筆者:山上直子(産経新聞論説委員)
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2025年3月9日付産経新聞【日曜に書く】を転載しています
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