日本中を熱気に包んだワールドカップイヤーから新たな年を迎えた。いまだに、この極東の国の人たちは楕円球に魅せられている。
1月7日にフィナーレを迎えた全国高校ラグビー大会は、開催された7日間の通算観客数が12万4113人と歴代最多(2015年度の12万7123人)に肉薄し、11日の大学選手権決勝は完成したばかりの国立競技場に5万7345人のファンが詰めかけた。12日に開幕したジャパン・ラグビー・トップリーグは全国6会場に10万人のファンを集めた。第2節以降も、ワールドカップ会場でもあった4万5000席の愛知・豊田スタジアムのような巨大スタジアムでもチケットは完売に近い売れ行きだ。
日本ではクリスマス休暇のような位置づけの1月3日に行われたトップリーグに参加するサントリーとクボタの練習試合にも、非公式な人数で2500人を超えるファンが殺到。試合2時間前には、100mを超えるような長蛇の列がグラウンド前にできていた。
練習試合といえば、熱心なチームのパトロンやラグビー関係者ら数十人程度が見守るのが通常の風景だった。だが、このサントリー―クボタのスタンドからは、異次元の観衆の客層を象徴するような会話が聞こえてきた。ある中年女性がクボタのアタックを見ながら「あの選手、きっとファンデンヒーファーよね!」と南アフリカ出身の元サンウルブズWTBの名前を挙げていたが、彼女の視線の先でシャープなランを見せていたのは、ワールドカップでも活躍して、今季からクボタに加入したオールブラックスのCTBライアン・クロッティだった。
2500人の観客席には、長らくラグビーを観戦してきたコアファンではない、この女性のように〝にわかファン〟が数多く駆けつけていたのだ。この〝にわか〟は、ワールドカップの盛り上がりに乗じてメディアや世間で使われだした言葉だが、コピーライターの糸井重里さんが、2015年ワールドカップでラグビーに心酔してから使いだしたワードでもある。このような〝にわか〟ファンが、高校生の全国大会にも足を運び、トップリーグの前売り券を大量に買い込んでいる。日本ラグビー界や、人生を賭けてワールドカップに挑んだ代表選手たちが待ち望んだ光景が実現している。
そんなファンたちのお目当ては、トップリーグでプレーするFLマイケル・リーチ(東芝)やFB松島幸太朗(サントリー)らワールドカップでの日本代表の快進撃を支えたヒーローたちだ。日本代表メンバー以外にも、ワールドカップ王者南アフリカ代表のNO8ドウェイン・フェルミューレン、オーストラリア代表SOバーナード・フォーリー(ともにクボタ)、オールブラックス主将のNO8キアラン・リード(トヨタ自動車)ら、ワールドカップを盛り上げたファーストクラスの選手が大挙して参戦する。〝にわか〟もコアも含めて、ファンにとってはワールドカップに続き世界クラスの選手やプレーを日本で楽しむことができる。
ワールドカップ前後の選手取材でも、日本代表の進化には国内のクラブを指導するトップクラスの外国人指導者に加えて、チームメートとして一緒にプレーする海外トップ選手から吸収したスキルや戦術的な考え方を挙げる声があった。今季トップリーグに大挙してやってくる世界のレジェンドが、日本ラグビーにもたらす恩恵は計り知れないものになるだろう。
ポジティブな側面を挙げてきた一方で、課題も少なくはない。ワールドカップ日本大会で日本代表を率いたジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチの続投は、次回2023年フランス大会へ向けて大きな追い風となるが、日本選手を強化する環境については不確定要素がある。
スーパーラグビーに2016年から参戦するサンウルブズが、日本代表メンバーの進化を後押ししたことは明らかだ。ニュージーランド、イングランドらティア1国は、毎シーズン同等クラスの相手と10試合近いテストマッチを積み上げている。その一方で、これまで日本が世界の強豪と対戦できるチャンスは年間に4試合程度だった。ティア1国に肩を並べようとする国が、上位国よりもトップクラスの国との対戦が出来ないという〝格差〟を解消するために押し進められたのが、日本チームのスーパーラグビー参戦だった。しかし、主催団体は2021年シーズンのスーパーラグビーからのサンウルブズの除外を決定。参画チームの日本への遠征コスト、放映料などが問題視されたが、これまでの成績なども響いた判断だ。
今後の代表強化などを睨み、協会内ではプロ化推進の声も挙がったが、疑問視する意見も多く、まだ足踏みの状態だ。
現在は熱気が続いているラグビー人気を、どう継続させていくかという課題も残されている。ラグビーの認知度と人気をさらなるアップさせるには、ラグビー協会の普及・広報戦略も重要だろう。日本代表が達成したワールドカップのベスト8という歴史的な偉業が、日本ラグビーの新たな時代のドアをこじ開けた。開かれたドアから、ラグビー選手とファンを新しい世界に導くことができるかという挑戦は、これからキックオフを迎える。
筆者:吉田宏(ラグビー・ジャーナリスト)