急に雷が激しく鳴ることを霹靂(へきれき)といい、「青天の霹靂」とは、まったく予想外の出来事を意味する。政界は、今も昔もこの言葉が大好きだ。
昭和の昔、当時の田中角栄首相が金脈問題で辞任し、後任選びは混迷を極めた。調整役を務めた自民党長老の椎名悦三郎が、「神に祈る気持ち」で、弱小派閥の長ながら「クリーン」を売り物にしていた三木武夫を指名、彼が開口一番発した言葉がこれだった。
安倍晋三首相の辞任も「青天の霹靂」であったのは、間違いない。世界中に速報が駆け巡り、日経平均株価が、一時600円以上下げたのが何よりの証拠だ。現代版カンニングペーパーであるプロンプターを使わなかった辞任会見で、正直に病状を明かしたのも驚いた。北朝鮮による日本人拉致事件を解決できなかったことを「痛恨の極み」と語った無念の思いも画面からひしひしと伝わってきた。
国家の舵(かじ)取りを担う首相という職業は因果な商売で、褒められることは滅多にない。「桜を見る会」をめぐる今となっては、どうでもいいようなスキャンダルでも新聞やテレビで連日とりあげられ、国会で叩(たた)かれれば、誰だってストレスがたまる。
ことに誰もが想像し得なかった中国・武漢発の新型コロナウイルス禍への昼夜をわかたぬ対応が、持病を再発させた主因であるのは間違いない。後世の教科書は、「コロナ禍によって7年8カ月続いた第2次安倍政権は終焉(しゅうえん)した」と記すだろう。
これからは、いっとき政治を忘れ、ゆっくり静養していただきたい。もう一つ。在任中一度しか参拝されなかった靖国神社を詣でていただきたい。まあ、書かずもがなだが、まだ65歳。健康さえ回復すれば、郷里の大先輩、桂太郎の如(ごと)く3度目もある。
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2020年8月29日付産経新聞【産経抄】を転載しています