ラオスで発見された新種のツリフネソウ属植物。このような美しい花を咲かせる植物にも、まだまだ知られていない種が発見されることがある。
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生物多様性の宝庫といわれる熱帯林が、急速なスピードで失われていく危機が叫ばれて久しい。熱帯林の果たす役割は、地球全体の気候を維持する上でも極めて大きいことがわかっている。したがって、熱帯林が失われることは、他の地域に住む私たちにとっても「遠い国のお話」では済まされない。
しかし、当の熱帯林が分布する多くの地域では、社会・経済・⽂化的な背景が⼤きく影響し、時としてその重要性が認識されないままに、木材伐採や農地転換などの経済活動が⾏われている。その結果として、急速に熱帯林を失う地域が多いというのが現状である。また、そのような経済活動において、日本の消費者が間接的に関わってきた責任があることは間違いない。こうした状況の中で、せめて科学技術によって私たちができることは何かないのだろうか。
ボルネオ島(マレーシア)の熱帯林。豊かな生物多様性を有し、未だに知られていない種類の生物が発見される可能性もある。
約1000種もの新種発見か
九州大学大学院理学研究院の矢原徹一教授(現九州オープン ユニバーシティ教授)を中⼼とする研究グループでは、10年ほど前から東南アジア各地の熱帯林で大規模な植物調査を実施してきた。これらの調査では、現地研究者らとの緊密な国際共同研究によって、これまでに12か国160地点以上で現地調査を実施し、4万点以上に及ぶ植物標本を収集している。
実はこの地域における植物に関する調査は、これまで⼗分とは言えなかった。そのため、この調査によってこれまでに知られていなかった新種が次々と発見されている。彼らの試算によれば、この調査成果を全てまとめることにより、およそ1000種に及ぶ新種が発見されると考えられている。つまり、それだけの数の植物が、これまで全く知られないままにその場に生きていたことを意味している。もっと言えば、間違いなくそれ以上の数の植物種が、その価値も存在も知られることがないままに、熱帯林とともに失われていったということになる。
ラオス南部での熱帯林調査。現地の研究者とともに、調査区内のすべての植物を記録し、写真を撮影してオンライン図鑑を作成する。また、植物標本とDNA分析用試料を採取する。
現地調査とDNA分析のコラボ
このような植物調査に一役かっているのが、一見全く関係ないように思えるDNAの分析技術である。私たち東北⼤学⼤学院農学研究科の陶山グループでは、独自の最新DNA分析技術を駆使して、熱帯林を守ることに貢献しようとしている。
生き物の種類を見分け、新しい種類であるのかを判断する「分類学」の研究では、長い時間をかけた専門的な訓練と高度な知識、さらにはそのための特殊な才能さえも必要になってくる。実はこの研究グループにおける世界一流の研究者でさえも、未知の世界の植物種を見分けるのは簡単ではない。このことが、これまでに熱帯林の植物分類を進めるための大きな障害でもあった。しかし、その強力な助け舟として登場したのが、最新のDNA分析技術である。
東北大学大学院農学研究科の陶山研究室におけるDNA分析。熱帯林で採取された植物の葉などからDNAを抽出し、最新の分析機器でそのDNA情報を読み取る。
新種を見つけ出す最新技術
生き物の遺伝情報であるDNAを読み取って比較すれば、その生き物と別の生き物との遺伝的な関係を明らかにすることができる。このような技術を「分子系統分類」といい、この技術をうまく使うことで、形だけでは見分けることが難しかった種類であっても、それらを客観的に見分けることができる。運が良ければ、これまでに知られていなかった新種を見つけ出すこともできる。
DNA情報によって生き物の種類を見分ける基本技術は、これまでにも長く使われてきた。しかし、非常に近い種類間は見分けることが難しいなど、これまでは「痒いところに手がとどかない」技術の限界があった。そこで登場したのが「次世代シーケンシング技術」を応用して開発した、日本発の新しい分析手法である。MIG-seq 法と呼ばれるこの手法を用いると、これまでよりも格段に早く、安く、簡単に、そしてより正確に、次々と謎の種類を見分けられることがわかってきた。そして現在、この手法によって東南アジア熱帯林での採取試料の分析を進め、新たな発見を次々と生み出している。
分子系統解析によって示されたサンプル間の遺伝的関係図の例。DNA情報をもとに、遺伝的に近いものが枝分かれの近い位置に配置される。それぞれの枝の先に一つ一つのサンプル名がある。サンプル名の色は、形態情報によって推定された種のグループに対応するが、わずかにそれが間違っているものも見受けられる。
新種発見の価値
学術的には、新たな植物の種類を見つけ出すことに大きな価値があるのは言うまでもない。しかし、このプロジェクトで重要視しているのは、その先である。つまり、熱帯林における新種の発見によって、その地域の森林の生物学的な価値を正しく評価することである。そしてその正しい評価によって、熱帯林を守る手助けをしようという考えである。
新種がその場所で見つかったということは、とりあえずその時点では「この生物種は世界でここにしか存在しない」という価値に結びつく。さらには、例えばその植物の成分に産業的に高い価値が発見される可能性など、直接・間接を問わずその生物が生み出しうる価値の可能性は無限に存在する。人類にとって直接的な経済価値を生み出さないとしても、その生物がその生態系を構成する⼀員として、生物間の複雑な関係の中での役割を持っているのは間違いない。新種発見の価値は、未知の可能性と役割の存在を発見したことにある。
豊かな未来のために
熱帯林が失われるということは、例えばオランウータンなどの希少生物の生存を脅かし、地球温暖化に拍車をかけるという問題だけでは済まない。そこに存在するすべての生物の潜在的な価値や、生態系におけるその役割さえも、すべてを失うことに直結する。このことは、私たちの豊かな未来の可能性を著しく奪うことにほかならない。
最新DNA技術で私たちが目指しているのは、私たちの未来の豊かな世界であり、生態系全体としての豊かな世界である。アジアにおける日本の責任を果たす意味においても、まずは足元である東南アジア熱帯林の生物多様性を、少しでも正しく評価しようと力を尽くしている。そして私たちの技術が、少しでも多くの場面において豊かな未来の実現に貢献できればと願っている。
筆者:陶山佳久(東北⼤学⼤学院農学研究科教授)