
「ソメイユ・プロフォン」に成人男性が横になった状態
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窮屈で疲れる、眠れない…そんな夜間高速バスの常識を覆す全国初のフルフラットシート採用車両の試験運行が始まった。シートは高知市のバス運行会社「高知駅前観光」と地元の模型会社、機械メーカーが共同で開発した「高知メード」の製品で、昨年11月に国土交通省が定めたフルフラット座席のガイドラインをクリアした。今年3月から東京-高知間で週1往復運行したところ、評判も上々。インバウンド(訪日外国人客)の増加などでホテル代が高騰する中、節約志向の乗客の需要も取り込みも狙う。
カプセルホテルのように
フルフラットシートの名称はフランス語で熟睡を意味する「ソメイユ・プロフォン」。前後2席の座席を2段ベッドのように変形させ、カプセルホテルのような空間を実現する。同社は既存の大型バス1台を改造し、3列で12ユニット計24席を設置。3月11日から高知・徳島-東京間の週1往復で試験運行を始めた。
乗車時間は最大区間で片道約13時間半。出発から到着まで寝台状態のまま走行する。ほぼ全面がカーテンに覆われプライベートが保たれているほか、毛布や枕もあり、個室のように気兼ねなく過ごせるのが売りだ。運賃は1万3千円程度を想定しているが、現在は試験価格として7千~7500円に設定している。
5月21日朝、高知駅前に到着した高速バスは、観光や出張などで利用する乗客で満席だった。
往復で利用した高知市の会社員、池沢由加里さん(37)は「振動が気になったが、帰りは疲れもあってぐっすり眠れた。普通のバスより疲れも少ない」と話した。
同社の担当者は「従来の座席に比べると疲労の度合いは格段に違うし、横になって移動できるため、旅行時のホテル代の節約にもつながる」とメリットを強調する。

中国の寝台バスがヒント
約30年前、同社の梅原國利会長が中国を訪れた際に寝台バスを目の当たりにしたのが、フルフラットシート車両開発のきっかけだ。国内導入を検討したものの、当時はまだ法制度が整っておらず一時断念した。10年ほど前、リクライニングの角度については規制がないことを確認。座席型からフルフラット型に変形させることで規制をクリアできるのではないかと考え、開発に乗り出した。
バスシートの設計や製造には専門的な知識と技術が必要となる。そこで同社は地元の模型製造会社「サーマル工房」と、産業機械メーカー「垣内」と連携。フルフラット型へ変形できる設計や車内のスペースを無駄なく活用できるサイズ、安全性などの条件を満たすよう試作を繰り返した。
国交省に対しても相談を重ね、座席型の状態であれば道路運送車両法に適合し車検をクリアできるとの結論に達した。
同省によると、自動車の安全性に関する国際基準は、背もたれ角度25度を基本に安全要件が定められており、フルフラット型の安全評価方法は確立されていなかった。国際的にも多様な乗車姿勢における安全性の議論が始まりつつあり、今後需要が高まると判断しガイドラインの策定に着手。昨年11月に公表した。
ガイドラインは衝突試験結果を踏まえて、900キログラムの力に耐えられる転落防止プレート▽2点式座席ベルト▽頭部および側面方向に転落防止措置および保護部材-を備え、脱出時の動線確保や手荷物置き場の確保などを求めている。高知駅前観光はこうした基準にも適合するよう調整を重ねて実用化にこぎつけた。
席数と運賃のジレンマも
同社によると、「ソメイユ・プロフォン」を導入した車両は試験運行の開始以来ほぼ満席。利用者に行ったアンケートでも「疲れが少ない」「ぐっすり寝られた」などと約8割が高評価という。
一方で、不満点として最も多いのがシートの狭さだ。席のサイズは寝台状態で長さ180センチ、幅48センチ、天井までの高さは51~73センチ(席により異なる)で、大柄な男性が横になると身幅はギリギリで、かなり体をかがめないとシートに入れない。
担当者は「改善の余地はもちろんあるが、席の広さは価格に直結する。仕様変更は慎重になる必要がある」と明かす。
シートサイズを大きくすれば快適性は増すが、座席数は減る。高速バスはガソリン代など1便あたりに必要なコストほぼ決まっており、座席数を減らせばその分、運賃に跳ね返ってしまう。一般的な3列シート(28席)の車両の場合、運賃は高知-東京間で約1万円。フルフラット型で24席まで確保するからこそ、1万3千~1万4千円という価格を実現できるという。
アンケートではほかに手荷物置き場の確保や電源設置などの要望が寄せられており、同社はこれらについても改善を検討した上で今秋以降、2台体制で週4往復の本格運行を開始する予定だ。
同社は「ソメイユ・プロフォン」を全国に販売する計画で、すでに東北と九州のバス運行会社と商談を進めているほか、問い合わせも多く寄せられているという。担当者は「将来的に夜間高速バスの半数はフルフラット型になるのではないか」と需要拡大に期待。「座席型と切り替えながら運用することで、インバウンド向けの観光バスとして活用できる可能性もある。改善を繰り返しながら全国に広げていきたい」と意気込んでいる。
筆者:前川康二(産経新聞)
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