
バングラデシュ南東部コックスバザールにあるロヒンギャの難民キャンプ=3月13日(AP=共同)
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日本の報道などで「難民に冷たい日本」「日本は難民の受け入れ数が極端に少ない」といった主張をよく目にする。そのような見方がまったく的外れというわけではないが、長らく難民支援に携わってきた者としては、日本にも50年近い難民受け入れの歴史があることを、もっと多くの人々に知ってもらいたいと思う 。
難民とは誰か
日本では、「難民とは誰か」について長年にわたり議論が続いてきた。日本政府は難民の認定には、1951年「難民の地位に関する条約」と1967年「難民の地位に関する議定書」(合わせて『難民条約』と呼ぶ)に加入してから今日まで一貫して、この定義を厳格に解釈し認定の是非を判断している。要約すると「人種、宗教、国籍、もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見を理由に迫害を受ける恐れがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であってその国籍国の保護を受けられない者またはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの」というものである。これらの条件の一つでも満たしていないと難民とは認定されない。
一方、近年に絞ってもミャンマーの軍事政権の復活、アフガニスタンのタリバンの台頭、そしてロシアのウクライナに対する軍事侵攻などにより、世界各地で多くの難民・避難民が発生している。日本は、救いを求めてきた人々に対し、何らかの資格を付与して保護している。
しかし、アフリカのコンゴ紛争における深刻な食糧不足や感染症の蔓延など、人道状況の悪化をはじめ自然災害による被災者や、シリア、イラクなど紛争地域からの避難民などに対し、出身国や地域だけで包括的に難民と認定するような方針はとられていない。それでも、個々人に対しては申請内容をより精査し、難民の蓋然性の高い場合には認定している。さらに、難民とは認定できないものの人道的な配慮が必要な人々に対しては、個々の事情を踏まえた在留許可(すでに在留資格を失っている場合は在留特別許可)で当面の在留を認めている。

増加する申請
日本は1980年代に入り、ようやく国際条約に加入し、国内法制度も整えたことで、日本の官民による難民問題へのアプローチに前向きの変化が現れた。インドシナ難民に対する一般の日本人による支援は、アジア福祉教育財団難民事業本部をはじめ市民団体や企業が実施し、多くの場合、評価に値すると思う。そしてまた日本政府は、受入れ人数の議論はあるだろうが、2005年までインドシナ難民受け入れを継続した点も評価できるのではないだろうか。
1990年代後半から2010年代初頭にかけて申請者は大きく増加した。インターネットを通じた格安航空券の予約システムも普及し、個人でもオンラインで申し込めるような国際社会が大きく変化したのもこの時期だった。誰もが世界の難民状況などの情報も得やすくなった。申請者にとっても世界が身近になったものと思われる。
2024年現在の難民認定申請者(以下:申請者)は12,373人。前年に比べ1,450人(約10.5%)減少した。うち、約11.0%に当たる1,355人が、過去に難民認定申請を行っている。
国籍は92カ国にわたり、主な国籍は、スリランカ、タイ、トルコ、インド、パキスタン。申請者のうち、タイ国籍者が2,128人で、前年の184人から約11倍に急増、国籍別でスリランカに次ぎ2番目となった。背景には、これまで大量の外国人労働者を受け入れてきた韓国で不法就労者の摘発が強化され、タイの不法就労ブローカーの目標が日本に向けられているとの指摘が出ている。
制度濫用には厳しく対応
現在日本は先ずは保護すべき人を、的確に保護すること。そのための認定判断や手続の透明化の向上。そして難民行政に関わる体制や基盤の強化。出身国情報の分析や共有、さらに、難民認定制度に携わる人材の育成により、その案件処理体制が強化されてきている。誤用・濫用については、適切に注意深い対応が必要となる。しかし迅速に案件をこなすことも必要だ。申請中の就労許可の在り方の適正化も重要となる。そして特に悪質な濫用案件に対する対応は、厳しく対応した方が、申請者本人のためにも将来的にも必要であるという考え方で進められている。
「難民条約」は主権国家が主役であり、国境が重要視されるものである。条約上の難民定義だけを基準とすれば、迫害以外の理由で逃れた広義の難民は、条約上の難民ではないことになる。また「迫害」とか「恐怖」という抽象的な単語の解釈や「十分理由のある」という限定句も、各国の判断にゆだねることを含んでいる。つまり、それぞれの国で自国の国益に鑑み、都合のよい運用をすることができるということも視野に入れているのだ。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)はその後、各国での運用を参考にしながら、統一的な判断基準を作成した。『難民認定基準ハンドブック-難民の地位の認定の基準及び手続に関する手引き-』 で、各国はこれに沿って、難民の定義を運用するよう要請している。
多様化する難民への対応は
『難民条約』が作られてからすでに半世紀以上が経過した。近年において条約の基本概念は大事ではあるが、難民として祖国を離れざるを得ない状況は、迫害ばかりでなく文字通り多様化してきている。
内戦、内外国を巻き込むような大きな政治的混乱、自然災害、極端な貧困、外国からの支配などに含め、加えて21世紀に入るとグロバーリゼーション(グローバル化)の影響により、組織、文化、政治、経済、テクノロジーなどが大きく変化した。世界中の通信や情報を、安易に廉価で瞬時に地球上のあらゆる地域の人々が、十分入手可能な世の中になった。

安心で豊かな社会、民主主義への憧憬とインターネットによるさまざまな情報提供など、ソーシャルメディアの発展は人種や宗教、国境を越えその際限は計り知れない。
現実の国際社会との大きな隔たりは予想もつかないスピードで広がっている。個々の難民を受け入れるかどうかは、あくまでも各国の主権による判断という従来からの広くいきわたった考え方を、遵守すべきと考える。
筆者:柳瀬房子(認定NPO法人、難民を助ける会前名誉会長)
■柳瀬房子(やなせ・ふさこ) 認定NPO法人、難民を助ける会前名誉会長。青山学院大学大学院総合文化政策学研究科修士課程修了。1979年にインドシナ難民を助ける会(現難民を助ける会)の設立準備に関わり、翌年、30歳で事務局長に就任。以来、半世紀近く日本の難民支援の草分けとして活動。2023年に退任後も、法務省難民審査参与員として尽力する。2024年12月に出版した『難民に冷たい国?ニッポン』(慶應義塾大学出版会)のほか、日本絵本賞読者賞を受賞した『サニーのおねがい 地雷ではなく花をください』(絵:葉祥明、自由国民社)など著書多数。
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