民間シンクタンク国家基本問題研究所は、尖閣諸島周辺で発生した中国のヘリコプターによる領空侵犯を分析・検討し、中国側が「いずれ尖閣に上陸する」として政府に対応を求めた。
Chinese Helicopter Senkakus

尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺でヘリコプターが飛び立った中国海警局の船=5月3日午後(海上保安庁提供)

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民間シンクタンク国家基本問題研究所(国基研、櫻井よしこ理事長)は、尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺で5月3日に発生した中国のヘリコプターによる領空侵犯を分析・検討し、中国側が「いずれ尖閣に上陸する」として政府に対応を求めた。日本の識者らが、偽情報の拡散などで世論を誘導する中国の「認知戦」のわなに陥っていると警鐘を鳴らした。国基研が5月30日に開いた報告会の主な議論をリポートする。

中国は日本の民間機の計画を事前に把握?

航空自衛隊が緊急発進(スクランブル)で対応した中国ヘリによる領空侵犯は、5月3日午後0時21分ごろから約15分間に及んだ。これに先立つ午後0時18分には、ヘリを搭載した中国海警船(2303)が領海に侵入していた。

海警船の領海侵入と同時刻には、新石垣空港を午前中に離陸した日本の民間機が尖閣周辺の上空に差し掛かったが、海上保安庁の指導を受け0時20分ごろ、魚釣島の南約20キロの地点で引き返した。

国基研の中川真紀研究員は、領空侵犯前後の動きを時系列で説明し、中国側が「日本の民間機のフライトプランを事前に把握し、これを利用して尖閣空中パトロールまでラダー(はしご)を上げる決心をし、準備していた可能性がある」と指摘した。

中国側が日本の民間機の飛行計画を事前に入手していたとすれば、それ自体が問題だが、そうであった場合、中国側は領空侵犯を周到に計画していたことになる。

沖縄県・尖閣諸島周辺で中国海警局の船から飛び立ったヘリコプター=5月3日午後(海上保安庁提供)

中国の「認知戦」に押される日本世論

領空侵犯後、中国の海警局、外務省、国防省は異口同音に「日本の民間機が釣魚島(中国側が尖閣の領有を主張するときの呼称)領空を侵犯した。必要な取り締まりを行い、警告駆逐したのは完全に合法だ」などと主張した。

中川氏はこうした中国側の発信について「尖閣の領有権保持と法的正当性を主張している。つまり、日本が中国の領空侵犯のきかっけを与えたとの対日認知戦を展開している」と指摘した。

国基研企画委員の岩田清文元陸上幕僚長も、日本の世論が中国が仕掛ける認知戦の影響を受けているとして注意を喚起した。

中国による台湾侵攻と尖閣上陸が連動して起きる可能性も指摘されるが、岩田氏は、米インド太平洋軍のパパロ司令官が昨年来の中国軍による台湾周辺での軍事演習ついて、台湾侵攻の「リハーサル」との認識を示していることを紹介。今回の領空侵犯についてメディアでコメントした一部の元政府高官や識者を指して「この段階まで来ているにも関わらず、中国の主権侵犯は日本がきっかけをつくったからだ、と相変わらず言っている人がいる」と指摘し、「完全に中国の認知戦にはまってしまっている。非常に嘆かわしい状況だ」と批判した。

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「サラミ」は、もうなくなった

「私の記憶では、中国海警のヘリ搭載艦はずいぶん前から来ていたが、(領空侵犯は)やらなかった。今回やったということは、日本の対応について『やっても大丈夫』という認識に至ったのではないかと危惧する」

安倍晋三元首相の秘書官を務めた島田和久元防衛事務次官はこう述べた。日本は足元を見られた、との指摘だ。

領空侵犯発生の10日後の5月13日、岩屋毅外相は記者会見で「今回の領海侵入および領空侵犯は極めて遺憾だ」と繰り返し述べて中国に抗議したと説明したが、これまでと異なる中国の動きを受けた新たな対応策は示さなかった。確かにこれでは島田氏が指摘するように中国の増長を招いても不思議ではない。

中国はサラミを薄く切っていくように徐々に圧力を強める「サラミスライス戦術」を展開しているとの見方がある。これに対し、吉田正紀元海将は「サラミはどちらの手に乗っているかといえば、日本の方だ。だが、サラミはもう切れて、次に切るのは手だ」と強調した。サラミはすでになくなり、中国側は次に尖閣への上陸を狙うとの分析だ。

岩田氏も「サラミスライスはもう終わっており、次は上陸しかないとの認識に立つ必要がある」と述べ、政府による尖閣の有効支配の確保や航空自衛隊の対応力強化の必要性を指摘。具体策として、尖閣諸島の魚釣島からそれぞれ約27キロ、約110キロの距離に位置する久場島(私有地)と大正島(国有地)での日米共同訓練の実施や下地島空港(沖縄県宮古島市)への空自基地の開設を提言した。

岩田氏は、尖閣の主権を守る「意思と能力」を中国に対して明確にする必要性も強調し、「国家のトップである石破茂首相はどういう意思があるのかを示していない。これでいいのか」と石破政権の対応に強い懸念を示した。

筆者:原川貴郎(産経新聞)

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