
「SASHIKO GALS」の制作風景。古布やステッチを重ねるごとに、スニーカーの表情が増していく(MOONSHOT提供)
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日用の布に針と糸で幾何学模様を描く「刺し子」。昔からある実用的な繕いごとが今、ファッションとして注目されている。発信源は東日本大震災の被災地、岩手県大槌町。昨年3月11日に始動したプロジェクト、SASHIKO GALS(さしこギャルズ)が生む、刺し子模様のスニーカーなどが、世界にファンを広げている。

きっかけはふきん1枚500円
スニーカーに、藍染めなどの古布をあて、ジグザグ、まっすぐ、縦横無尽に縫い目を連ねる。革、ゴム、樹脂もお構いなし。針と糸でリズミカルに模様をつける。
SASHIKO GALSのメンバーは、岩手県大槌町に暮らし、東日本大震災で被災した40~80代の女性15人。年2回の受注会で私物のスニーカーなどを預かり、時間をかけて刺し子を施す。
メンバーの一人、佐々木加奈子さん(47)と刺し子の出合いは平成23年の夏、町内の集会所で。ボランティアから紹介された工賃1枚500円のふきん作りの内職だった。震災前まで働いていた水産加工工場が被災。「仕事しなきゃというのがあったし、再建されても別の仕事がしたかった」と始めた。

当初は復興支援イベント用にと発注が相次ぎ、布に針を刺すひとときは「余計なことを考えずに済んだ」。佐々木さんに誘われて始めた黒澤かおりさん(47)は、規則正しく模様を刺すのが得意だという。刺し子作業は「今では生活の一部」と話す。

日本の「刺し子」世界でファッション界から脚光
SASHIKO GALSを立ち上げたのは、東京のアパレル企業「ムーンショット」の代表、藤原新さんだ。震災後、佐々木さんら大槌の人々に刺し子仕事を発注してきた。
その傍ら、28年に刺し子や藍染めなど和の伝統技を用いたアパレルブランド「KUON(くおん)」を始動。ニューヨークファッションウイークで、刺し子を施したジャケットなどを発表すると、世界中から反響があった。
一方で、大槌の刺し子仕事の受注は減りつつあった。震災発生から時がたち、コロナ禍の影響も受け、復興支援イベントが減ったことが影響していた。
「僕のブランドの刺し子のアパレルはよく売れる。海外からのリスペクトは高い。やり方を工夫すれば力のある事業に化ける」。そう着想して始めたのが、私物のファッションアイテムなどに刺し子を施し、カスタマイズするこのプロジェクトだった。
米セレブ歌手が「ビッグファン」
昨年12月、SASHIKO GALSの公式インスタグラムに一通の連絡が届いた。送り主は、アメリカの俳優・ミュージシャンで、2000年前後に人気を博したポップアイドルグループ「イン・シンク」のメンバーとして知られるジャスティン・ティンバーレイクさんの関係者。「彼がSASHIKO GALSのビッグファンだ」。誕生日プレゼントに刺し子スニーカーをという注文だった。

藤原さんの狙い通り、香港の映画俳優や、日本のロックミュージシャンなど、高感度な層が刺し子を求めて連絡してくる。家具のセレクトショップ「ザ・コンランショップ」との仕事では、いすの座面やソファなどに刺し子をした。現在は、人気ブランドから公式な協業をと声がかかり、準備中だという。
スニーカーに針と糸で模様をつけ、2時間を超すと、手はくたくたになる。針を4本だめにするほどの力仕事で、一足仕上げるのに1カ月はかかる。それでもメンバーが集まって作業すれば、いつもわいわい、楽しそうだという。
40~80代のギャルが、地方創生の星となるか
その様子がプロジェクト名のヒントになった。「針仕事の合間におやつを囲んでわいわい話すのを見て、『これ、ギャルなのでは』と思ったんです」(藤原さん)
針と糸さえあれば、いつでもどこでも、誰でもできる。復興支援の文脈を離れて、いずれはビジネスとして成立させて、「地方の産業創出にもつなげていきたい」。日本の刺し子が世界のSASHIKOとして広がれば、それは現実となりそうだ。
筆者:津川綾子(産経新聞)
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■「東京クリエイティブサロン」開幕
SASHIKO GALSの刺し子をはじめ、世界が注目する日本のファッションや工芸、デザインなどを集めた祭典「Tokyo Creative Salon 2025」(東京クリエイティブサロン、TCS2025)が、東京・銀座や原宿、六本木など都内10エリアで始まった。23日まで。SASHIKO GALSは22、23日、東京・丸の内の丸ビルでワークショップを開催する。21日から刺し子スニーカーも展示される。TCS2025の各エリアのイベント内容など、詳しくは公式サイトで。
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