日本製鉄は、米鉄鋼大手USスチールの買収計画について、米政府と締結した「国家安全保障協定」により、同社の普通株式100%を取得する買収が認められたと明らかにした。中国勢に対抗する「日米連合」の実現が、計画の発表から約1年半がかりでようやく固まった。
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USスチール本社に掲げられたロゴ=米ペンシルベニア州ピッツバーグ(AP=共同)

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日本製鉄は6月14日、米鉄鋼大手USスチールの買収計画について、米政府と締結した「国家安全保障協定」により、同社の普通株式100%を取得する買収が認められたと明らかにした。日鉄の特許技術などをUSスチールに移転し、規模拡大で競争力を高め、世界鉄鋼生産の約半分を握る中国勢に対抗する「日米連合」の実現が、計画の発表から約1年半がかりでようやく固まった。

日鉄によるUSスチールの買収は、米大統領選などに影響力を持つ全米鉄鋼労働組合(USW)の計画への反対で政治問題化していたが、米政府がUSスチールの経営の重要事項に拒否権を行使できる特殊な株式「黄金株」を持つことで決着した。日鉄は、買収後のUSスチールの企業統治や生産、通商対応で米政府による一定の監督権限を認める。

黄金株の拒否権の範囲や安全保障協定の内容の詳細は明らかになっていないが、米政府の介入権限は限定的とみられる。

日鉄は、米政府による計画の審査過程で、買収後の経営体制について既に取締役の過半数を米国国籍とすることや、経営陣の中枢メンバーを米国国籍とする方針を表明していた。黄金株の権限は許容範囲で、日鉄は経営の自由度を確保できると判断したもようだ。

世界の鉄鋼市場では、過剰生産を続ける中国の輸出拡大が市況を荒らしている。その状況の中でも、米市場はトランプ政権の高関税政策で安価な鋼材の流入から守られている。電気自動車(EV)のモーターなどに使われる電磁鋼板といった、日鉄が特許技術で強みを持つ分野は今後の需要拡大が期待できる。

トランプ米大統領(AP=共同)

USスチールを完全子会社化することで、日鉄は買収の主眼とする、自社技術を100%活用して米市場を取り込む成長シナリオの基盤を手に入れることになる。

ただ、そのシナリオの実行はいばらの道だ。

買収計画の公表時は、世界鉄鋼生産で4位の日鉄が、USスチールとの統合で3位に浮上するはずだったが、世界鉄鋼協会の2024年の生産実績データでは統合後も4位にとどまる。米政府の政治的な思惑で計画が暗礁に乗り上げている間に、世界3位の中国の鞍鋼集団が生産を拡大する一方、USスチールの業績は沈下したためだ。

同社の24年の生産実績は前年の世界24位から29位に大きく後退し、25年1~3月期決算は2四半期連続の赤字だ。

日鉄は買収資金の141億ドル(約2兆円)に加え、USスチールの生産設備の更新や新規設備の整備などで28年までに約110億ドルを投資する。

特許技術の移転によるUSスチールの抜本的な強化はもちろん、日鉄は水素利用製鉄など次世代分野の日米連携も視野にあるとみられ、相応の投資負担は覚悟している。

だが巨額の投資負担は当然、リスクを伴う。米大手格付け会社のS&Pグローバル・レーティングは5月、買収に伴う財務負担の内容によっては日鉄の信用格付けを大幅に引き下げる可能性があると指摘した。

トランプ大統領による予測不能の関税引き上げは、中国品流入の防波堤となる半面、インフレと高金利が新車購入や建設投資を萎縮させ、米鉄鋼需要の低迷を招く「もろ刃の剣」となる恐れもあり、日鉄にとって投資回収のハードルは高い。

筆者:池田昇(産経新聞)

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