米国で「知日派」として知られた元国務副長官のリチャード・アーミテージ、ハーバード大名誉教授のジョセフ・ナイが相次いで亡くなり、シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)所長のジョン・ハムレも引退を表明した。
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中谷元防衛相(右)とヘグセス米国防長官=3月29日、東京都小笠原村

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米国で「知日派」として知られた元国務副長官のリチャード・アーミテージ、ハーバード大名誉教授のジョセフ・ナイが相次いで亡くなり、シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)所長のジョン・ハムレも引退を表明した。

日本の政治家はワシントンを訪れるとアーミテージ詣でを繰り返していた。日米関係を長年見てきた米シンクタンク研究員は「日本が一番心配しないといけないのは、数人の『知日派』と話をしてさえいればいいとの時代はとっくの昔に過ぎ去っているのに、いまだにそのモデルから思考回路が脱却できていないことだ」と語る。その通りであろう。

日本政府内にもそうした危機感があるのか、このほど保守系シンクタンク「アメリカン・コンパス」の設立者で、米副大統領のJDバンスにも近いオレン・キャス(41)を国際交流基金が招聘(しょうへい)した。

米共和党大会でトランプ氏(左)と握手を交わすバンス氏=2024年7月日、ウィスコンシン州ミルウォーキー(ロイター)

キャスはトランプ米政権に関税政策の強化を進言したことで知られているが、『中央公論』の対談で印象に残ったのは関税の部分よりも、以下の発言だ。

「これからの目標は、GDP(国内総生産)の何%を防衛費にあてればいいというレベルではない。日本は中国に対し自力で防衛できると思えるまで、ドイツは自力でロシアを抑止できるまで、防衛費負担を上げてもらいたい」

米国防総省ナンバー3の政策担当次官、エルブリッジ・コルビーも承認に向けた上院軍事委員会の公聴会の書面証言で、日本はできる限り早期に防衛費をGDP比3%に引き上げることを求め、口頭の証言では台湾はGDP比10%に増額すべきだと主張した。

キャスの発言はコルビーと軌を一にする。国防長官、ピート・ヘグセスはこのほど来日した際、防衛相、中谷元との会談後に「どのような能力が必要か、日本が正しい判断を行うと信じている」と述べ、防衛費の増額については言及しなかったが、キャスの発言はトランプ政権内の雰囲気を伝えているだろう。

トランプ政権に近い「アメリカ第一政策研究所(AFPI)」副所長フレッド・フライツも『正論』で、産経新聞ワシントン駐在客員特派員古森義久に対し、キャスの直截(ちょくせつ)的な表現よりも穏やかではあるものの同様の発言をした。

「トランプ大統領は日本の防衛費倍増など強化策に満足しており、いま新たな要求をする構えはない。トランプ支持層にも日本に対して過激な要求を提唱する向きもあるが、大統領はその種の傾向には同調していない。しかし今後日本側の負担の増加や片務性減少への期待が出てきても、トランプ政権はヨーロッパに対してのような公開の圧力ではなく、あくまで友好的な水面下での方法でその期待を日本側に伝えるだろう」

第1次トランプ政権で大統領副補佐官(国家安全保障担当)を務めたマット・ポッティンジャーは『文芸春秋』のインタビューで、台湾有事に備える必要性を強調した。

「日本が防衛予算を増やし、南西諸島の基地を強化しているのは望ましい方向ですが、台湾有事の際、米国や台湾とどう連携するか、より具体的に擦り合わせておく必要があります。『日本が戦う能力と意志を示すほど、実際に戦う必要性は低くなっていく』からです。私が最も訴えたいのは、『戦争は避けられる』ということです。ただし、『放っておいて解決する問題』ではありません。能動的に行動しないかぎり『抑止』は不可能なのです」

ロシアによるウクライナ侵略、中国による海洋進出と、専制国家による「力による現状変更」の試みにいかに対峙(たいじ)するか、トランプ政権に近い専門家たちは日本に対して、「自分の国は自分で守るべきだ」という当たり前のことを求めているのだ。

問題は受け身一辺倒の日本の対応だ。

経済学者の小林慶一郎は『文芸春秋』で、現在行われている日本と米国の交渉について「トランプ関税を単に二国間の関税交渉という部分均衡的な思考のフレームワークで考えて交渉に臨むのではなく、新しいグローバルガバナンスの仕組みを提案し、世界の全体像を論じる必要がある」と指摘する。

中谷らは関税交渉と安全保障に関する協議は別個の問題だとの認識を示し、小林が求めるような全体像の議論をしようとしない。

日本を取り巻く状況が劇的に変化しようとしているときに、日本の政治家はおとなしい。

沖縄県尖閣諸島周辺で5月3日、わが国領海に侵入した中国海警局の船からヘリコプターが飛び立ち、領空侵犯した。海警局のヘリが領空侵入するのは初めてだ。

76ミリ機関砲を搭載した海警2303=中国海警局のサイトより

自民党の部会では「(中国政府に対し)『遺憾である』とか『厳重に抗議』だけでは済まない」との意見が出たが、政治家の側に深刻な事態との危機感があるのか。

今月号において、政治家の発信で唯一目についたのは『正論』での元自民党政調会長、萩生田光一と元経済安全保障担当相、小林鷹之の対談だ。

萩生田「『トランプ関税』は確かに国難ではあるけれど、一方で国内を見直すいい機会ではないでしょうか。もちろん、アメリカとは同盟国として今後も同じ価値観を共有していくわけですが、食料自給率を含め、アメリカ依存から脱却していくということです」

小林「その問題意識は共有しています。やはり、他国の動向に右往左往しない国造りが必要です」

萩生田は自民党総裁候補の小林への助言として「敢(あ)えて言うならば『胆力』じゃないでしょうか。政治家として戦う力、抗(あらが)う力は必要ですよ」と述べた。それは萩生田自身も含めてで、日本の自立を目指すために、能動的に動き、「戦う姿」をみせてほしい。

「知日派」依存のモデルはもはや通用しないのだ。

=敬称略

筆者:有元隆志(産経新聞特別記者)

2025年5月22日付産経新聞【論壇時評】を転載しています

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