レバノンに逃亡した日産自動車前会長、カルロス・ゴーン被告(66)=会社法違反などの罪で起訴=の保釈請求の際、弁護側が「ゴーン被告を指導監督する」とした誓約書を東京地裁に提出していたことが3月28日、関係者への取材で分かった。ところが弁護側は逃亡後、「毎日監視する責任はない」「出入国管理当局の責任」と主張。捜査への協力も事実上拒む。逃亡から29日で3カ月。法曹界からは誓約書を「うのみ」にして保釈を認めた地裁を含め「あまりに無責任」と批判する声が上がっている。
「入管が悪い」
「それは入管の責任でしょうね。入管がもっとちゃんとすれば(ゴーン被告は)逃げなかったと思う」
ゴーン被告の弁護人だった弘中惇一郎弁護士は今年1月31日、ゴーン被告が逃亡したことについて、出入国管理当局に責任があるとの認識を示した。
ゴーン被告が最初に保釈されたのは、1年余り前の昨年3月6日。検察側は「証拠隠滅の恐れがある」として強く反対したが、弘中氏ら弁護団が、住居への監視カメラ設置や、パソコンは弘中氏の事務所内でのみ使用といった条件を地裁に提案。日本の刑事司法制度を「人質司法」と批判する国際世論にも押される形で地裁は保釈を認めた。
関係者によると、この際、弘中氏らは地裁に対し、「ゴーン被告が保釈条件を順守するよう指導監督する」という趣旨の誓約書を提出していたという。
地裁「うのみ」
昨年4月、4度目の逮捕、起訴後に2度目の保釈が認められた際も、弘中氏らは同じ内容の誓約書を提出。このときは検察側が、妻のキャロル・ナハス容疑者(53)=偽証容疑で逮捕状=による具体的な証拠隠滅行為を地裁に示し、地裁も保釈決定書で「証拠隠滅を図ると疑う相当な理由がある」と認めた。
一方で「弁護人らによる指導監督が徹底していることにより、証拠隠滅に関する状況に変化が生じている」とも指摘し、保釈を許可していた。弘中氏らの誓約書を信用した形だ。
ゴーン被告は昨年12月29日、関西空港から不法出国。東京地検特捜部は今年1月30日、入管難民法違反容疑でゴーン被告の逮捕状を取った。逃亡の手助けをしたとして犯人隠避などの容疑で米国籍の男3人の逮捕状も取得した。
このうちピーター・テイラー容疑者(27)は逃亡前、弘中氏の事務所で計4回、ゴーン被告と面会していた。逃亡の前日などにも別の場所で会っており、特捜部は「逃亡に関する謀議が事務所で行われた疑いが強い」としている。
弘中氏は翌31日、報道陣に「根拠がない」と反論。テイラー容疑者が保釈条件で接触禁止とされた人物ではないとし「それ以外の人と会うのは自由。何か問題はあるのか」と強調した。
捜査協力拒む
弘中氏は「保釈条件に違反しないよう監視する義務はないのか」と問われると、「パソコンを使用するとき以外は、どこにいようが自由。どうやって監視するのか」と語気を強めた。
弘中氏らは今年1月16日、弁護人を辞任。弘中氏は、特捜部が逃亡事件捜査のため、再三にわたり求めたゴーン被告使用のパソコン提供を拒み、任意聴取も拒否している。
ある検察幹部は「誓約書の中身は確かに保釈条件に入っていないが、ゴーン被告を指導監督できなかったことは裁判官に対する誓約違反で、重い」と指摘。別の幹部も「弘中氏らは法曹界で一番大事な信頼を失った」。ある弁護士は「逃亡されたら、さっさと辞任し、捜査にも協力せず、『後は関係ない』というのは弁護士として無責任すぎる」と批判した。
産経新聞の取材に、弘中氏は「不正確な情報に基づく質問にはお答えできない」と回答した。
新型コロナ影響 国際交渉も中断
日本政府は、法務省や外務省が中心となってゴーン被告や共犯者の身柄引き渡しを求め、レバノン政府などと調整を進めている。だが、新型コロナウイルスの感染拡大で国際的な交渉は中断を余儀なくされ、先行きは不透明だ。
東京地検特捜部は入管難民法違反容疑でゴーン被告の逮捕状を取っているが、レバノン側は引き渡しを事実上拒否している。義家弘介法務副大臣が3月初め、現地に出張してアウン大統領らと会談。帰国後、「逃亡事件の解決が両国にとって極めて重要な課題であるとの認識が完全に一致した」と語り、事務レベルで協議を続けると強調した。
また、犯人隠避容疑で逮捕状が出ているピーター・テイラー容疑者らについては、国籍のある米国などと交渉が進められているとみられる。米国との間には犯罪人引き渡し条約があるほか、国際刑事警察機構(ICPO)を通じた国際手配も想定されるが、ウイルスの感染拡大で交渉が進んでいないもようだ。
筆者:山本浩輔、宮野佳幸、吉原実(産経新聞)