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世界のどの国よりもわが国日本は人権尊重や民主主義擁護に努めなければならない。
第一の理由は、604年に聖徳太子が定めた十七条の憲法以来、明治天皇の五箇条の御誓文まで、その語彙を用いたわけではなかったが、人権尊重も民主主義もわが国の国柄の核を成す価値観であるからだ。
第二の理由は、わが国は戦後憲法で「戦力」の保持を禁止し、自衛隊は基本的に警察法によってしか活動できない国だからだ。国民幾百人もが北朝鮮に拉致されていても、わが国は主体的に動けない。安倍晋三前首相も菅義偉首相も、常に拉致は許されざる人権侵害でテロであると国際社会に訴え、力を貸してほしいと要請してきた。いま眼前で中国共産党政権が凄まじいウイグル人弾圧を行っている。チベット人もモンゴル人も同じ被害に遭っている。香港人も民主化を求める漢人も同様だ。日本人拉致を人権侵害として国際社会の助力を仰ぐ日本が、中国政府の人権弾圧に口を噤(つぐ)むなど断じてあってはならない。
中身の薄い人権弾圧非難決議案
現実は、しかし、信じ難い状況にある。5月10日現在、わが国政府は先進7か国(G7)の中で唯一、中国に対して何の制裁もしていない。立法府も立ち上がっていない。
わが国の国会には、チベット、ウイグル、南モンゴルの3つの超党派議員連盟が存在する。3議連はジェノサイドに認定された中国政府の人権弾圧に関して抗議の国会決議案を4月末にまとめたが、その内容には落胆するしかない。
新疆ウイグル、チベット、南モンゴル、香港で人権問題が発生している旨、明記したのは当然だが、そこにミャンマーが加えられ、中国のイメージが薄められた。非難決議案には中国の国名は一切出てこない。
北朝鮮以外の特定国を名指しで非難することを避けてきたのが国会の伝統だという理由だそうだ。それにしては今回、ミャンマーの国名が入っている。要は大国中国を名指しするのを恐れているのである。
全会一致の陋習を破れ
ミャンマーを加えよと主張したのは立憲民主党だが、受け入れたのは自民、公明の与党だ。受け入れ理由として彼らはまたもや、全会一致を宗(むね)とする国会決議の伝統を持ち出すのだ。旧来の陋習(ろうしゅう)が大事な価値観を阻むのであれば、そんなものは破り捨てよと教えた五箇条の御誓文を想い出すべきだろう。情けないのは中身の薄いこの案でさえ、いつ決議されるか、未定であることだ。
厳しい価値観の対立の中にある国際社会で日本の進む道は明らかだ。まず普遍的価値観を高く掲げる。次に軍事力行使において限界多くして機能しない憲法の改正手続きを進めることだ。その前に日本の価値観を表明し、中国政府に抗議することが欠かせない。それができないのであれば、立法府議員の存在価値は無きに等しい。
筆者:櫻井よしこ(国基研理事長)
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国家基本問題研究所(JINF)「今週の直言」第790回(2021年5月10日)を転載しています。