会議の席に着いたG7と欧州連合(EU)の首脳
=6月26日、ドイツ南部エルマウ(AP)
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先の先進7カ国(G7)首脳会議で見え隠れするのは、西側の対露経済金融制裁の行き詰まりである。それを横目に薄ら笑いを浮かべるのは、ロシアのプーチン大統領ばかりではない。中国の習近平共産党総書記・国家主席もそうだろう。
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ウクライナへの残虐な攻撃を繰り返すロシアに対し、G7首脳が6月28日に発表した共同声明(コミュニケ)に含まれている対露追加経済制裁の目玉は、海上輸送によるロシア産石油についての輸入価格の上限設定の検討のみである。
ジョンソン英首相がサミット前に、ロシア産の金の輸入禁止でも合意したと発表したが、コミュニケには金のかけらもない。英米カナダのアングロサクソン3カ国と日本が新たに採掘または精錬されたロシア産金の輸入禁止に近く踏み切るが、ドイツ、フランスなど欧州連合(EU)は応じなかった。
石油輸入価格上限設定も「検討」との弱い表現にとどめている。サミット前に日米欧が打ち出したロシア産石油の段階的な輸入削減に伴って、国際石油相場が上昇すればロシアの石油収入はさらに増えかねないうえに、西側のみならず中低所得国全体の家計を直撃することになる。そこで、ロシア産に限って輸入価格の上限を上回る価格での輸入を禁じるという狙いだが、G7以外の国々は参加しそうにない。そのため、上限より高いロシア石油を運ぶタンカーへの損害保険の適用を禁じるという案が浮上しているというが、苦肉の策である。
国際貨物輸送の船舶保険の元締めはロンドンに本部のあるロイズ保険組合だが、ロイズは不慮の船舶事故のリスクに応じて再保険料を設定し、巨大な収益を稼ぐ自由市場機構だ。石油輸入価格を基準にして保険の提供の適否を決める制度設計ではない。国際政治上の対立からは中立の立場であり、G7の要請においそれと応じるとは考えにくい。
上限設定されようとなかろうと、G7のロシア石油の段階的な輸入削減に漁夫の利を得ている輸入国の代表は中国である。中国のロシア原油輸入量はロシアのウクライナ侵攻に伴う西側の対露制裁以降、急増の一途である。中国税関統計によれば、5月は日量200万バレルを超え、2月より4割以上増えた。バレル当たりの単価は5月で92ドル、前月に比べ6・5ドル下がった。高止まりしている石油輸出国機構(OPEC)統計の国際原油相場114ドル超よりも20ドル以上安い。
金については、中国の富裕層の渇望が絶大な上に、中国人民銀行は対外準備資産としての金保有を増やそうとしている。ロシア産の金がロンドン市場から締め出されると、中国は買い時と判断して安値で大量購入することは目に見えている。つまり、石油、金とも西側が対露制裁すればするほど、中国は有利になる。
中国向け石油輸出増に応じて、ロシア側は人民元建て資産を積み増している。ロシア政府統計によれば、石油輸出収入を財源とする政府直営の国家福祉ファンドは5月に人民元建て資産を458億ドルとし、3月から一挙に168億ドル増やした。中露双方の情報統制のせいか、両国の経済関係緊密化を示す公開データは以上にとどまるが、中露協調は着実に深化している。
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ロシア軍がウクライナ国境を越えた2月24日以降、米欧日は金融制裁に踏み切り、ロシアの通貨ルーブルは急落し、ロシアの金利も大幅に上昇した。ところが、ルーブルは4月以降上昇を強め、6月下旬にルーブルの対ドル、ユーロ相場はウクライナ前よりも高くなっている。金利も侵略前の水準に戻った。物価は高水準だが、峠を越えたようである。2月下旬時点で約6400億ドルのロシアの対外準備は、6月下旬までに600億ドルほど減ったあと下げ止まっている。外準減はルーブルの買い支え市場介入に伴うのだが、もはや介入も最小限で済む。ロシアの外貨資産の安定した運用に協力しているのは中国である。中国はロシア石油と穀物の輸入を急増させているばかりでなく、約1000億ドル分のロシア外準を預かり、ルーブル相場下支えに協力している。
サミット声明は、中国に対しウクライナからの即時撤退をロシアに求めるよう要請しているが、ただ言ってみましただけの感ありだ。中国に対露協調をただちにやめないと2次制裁を検討するとの警告付きでないと、習政権には馬耳東風同然だろう。
筆者:田村秀男(産経新聞編集委員)
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2022年7月2日付産経新聞【田村秀男の経済正解】を転載しています