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これまで新型コロナウイルス患者は1人もいないと主張してきた北朝鮮が、初めて感染者発生を認めた。韓国から軍事境界線を越えて北朝鮮の開城市に戻った元脱北者の感染の疑いが濃厚と判明したというのだ。

 

7月26日、朝鮮労働党機関紙・労働新聞は一面トップで、前日に党非常拡大政治局会議が開催されたと報じた。そこで金正恩委員長は「わが国に悪性ウイルスが流入したと見られる危険な事態が発生した」「24日午後中に開城市を完全封鎖し、非常事態を宣布した。国家非常防疫システムを最大非常体制に移行させ、特級警報を発令する」と述べた。

 

しかし、たった1人の感染者が見つかったからといって、都市全体を封鎖し、国家防疫を「非常体制」に移行することはあまりにも大げさだ。すでに平壌と中朝国境を中心に感染者が多数発生していて、それが隠しきれなくなったので元脱北者の感染を口実にしたとしか考えられない。韓国に大規模な医療支援を求める布石かもしれない。警報を発令して抑え込まなければならないほど、人民の不満が高まっていたという見方も成り立つ。

 

 

平壌で配給停止

 

金委員長の最近の言動から、その焦りと危機感が分かる。6月7日の政治局会議で平壌市民の生活保障が議題になり、金委員長は「国家的な対策を立てよ」と指示した。4月から平壌の大部分の地域で配給がほぼ止まった。7月に故金日成主席の命日の特別配給で1カ月分(半月分という情報もある)が出たが、それが続く保証はない。

 

7月18日に開かれた党中央軍事委員会でも金委員長は厳しい調子で軍幹部を叱責し、その様子が映像で報じられた。そこでは「人民軍指揮メンバーの政治・思想生活と軍事活動で提起される一連の問題」が指摘され「党の思想と要求に即して人民軍の指揮官、政治活動家に対する党の教育と指導を強める」ことが決められた。つまり、金委員長は軍の指導者の思想に問題があると怒ったのだ。

 

7月19日に報じられた金委員長の平壌総合病院建設工事現地指導でも、建設連合常務(党、政府、軍などで構成されるタスクフォース)が予算をきちんと決めないで人民に支援を求めて「人民に負担をかけている」と激怒し、同常務のメンバーを全員交代させた。金委員長肝煎りの病院建設に回す外貨がなくて、人民に負担を強いた。当然、金委員長の決裁を受けているはずだ。ところが、食うや食わずの人民が強い不満を持っていることを知り、責任を担当者に転嫁したのだ。

 

 

対北圧力を継続せよ

 

独裁体制を維持するためには年間、数十億ドルの外貨が必要だ。それを党39号室が管轄する金委員長の統治資金でまかなってきた。ところが制裁とウイルス流行による中朝国境封鎖によって39号室の外貨が1億ドル未満まで枯渇しているという。金正恩政権は最大の危機を迎えている。韓国の制裁破りを厳しく監視しつつ、北朝鮮に全拉致被害者の即時一括帰国と核ミサイルの完全廃棄を決断せよとの強い圧力をかけ続ける時だ。

 

筆者:西岡力(国基研企画委員兼研究員・麗澤大学客員教授)

 

 

国家基本問題研究所(JINF)「今週の直言」第704回・特別版(2020年6月27日)を転載しています

 

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