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フランスの高級ブランド「ディオール」が上海市内で公開した女性の写真が、「中国人差別だ」と物議をかもして、ディオールは写真を削除し謝罪しました。さらに、撮影した中国人の写真家チェン氏が「自分のイデオロギーを改善させる」と謝罪する事態となっています。
驚きの謝罪内容
ファッションブランドの広告写真なのですから、それは個人の感性に訴える芸術性を内包して作成されます。
私は、チェン氏の写真を見て、表面的な美醜を剥ぎ取った、中国女性の内面の強さを感じました。女性の鋭い眼光から、世の中には女性蔑視の言葉が躍っていても、そんな言葉に踊らされることなく、蔑視ですら養分に変えてしぶとく生き抜いてゆく「中国女性の、たくましき強さ」を感じました。
だから、凄いなと感じました。
しかし、どうも中国人の多数派には受けなかったようです。批判が爆発して、ディオールはすぐ写真を撤去しました。
私はディオールの方がうかつだったと思います。広告写真なのですから、多数派の中国人の感性に合うか合わないか事前にチェックして、採用するかしないかを決定するべきだったのです。
この意味で、「ディオールは、自分達の (フランス的) 美意識が世界標準だと勘違いしている」と、中国人が不快に思っても無理はないと思います。
ただ、この一連の騒動の中で、私は、問題の写真を撮ったチェン氏の謝罪の言葉に驚きを感じました。
チャン氏は、声明で「私は中国で生まれ育った。自分の国を深く愛している」 (BBC)と述べました。
写真をみた私は、この言葉に納得します。
私は、「チャン氏は、(写真を通して) 中国女性は強いんだぞと、胸を張っている」と感じるからです。
「えっ?」と思うのは、次からです。
チャン氏は「(自分は) 芸術家として、自分の作品を通して中国文化を記録し、中国の美を紹介する責任をしっかり自覚している」 (同)と述べました。
これでは、チャン氏は『私の本来の役目は、写真を使って中国を宣伝する事です』といっているも同然です。
さらに「中国の歴史について学び、関連のイベントにもっと出て、イデオロギーを改善させる。(中略)自分の作品を通して中国について語るよう努力していく」 (同)。これは、『これからは、中国共産党御用達写真家として頑張ります』ということと同じです。
チャン氏は、欧米社会でも認められた高名な写真家ですから、自分が望めば自由な芸術家として生きてゆけるのです。それなのに、謝罪した。だから、私は驚きました。
もっとも、チャン氏が謝罪した理由は、それが中国人としての処世術であるからかもしれません。中国社会で生き抜くためには、『私は中国御用達写真家です』と、発言しておいた方がよいと判断しただけかもしれません。今は、中国国内にいるのかもしれませんし…。
御用写真家の使命
ただ、それでもチャン氏から「(自分の) イデオロギーを改善させ…」という言葉が発せられる事には、驚かずにはおられません。
冷戦時代には、時折、ソ連や東欧の国から芸術家が西側に亡命してきましたが、亡命の理由の多くは「自由に芸術活動がしたいから…」でした。
芸術家は自分の内から湧き上がる感性によって作品を創造するからこそ芸術家なのです。「(自分の) イデオロギーを改善させ (て、これからは中国共産党のお気に召す写真を撮ります)」という意味の発言には、やはり驚いてしまうのです。
今、中国では、芸能界への締めつけを強めています。例えば「“いびつな美意識の助長を禁止” 」(NHK)しています。
「いびつな美意識」とは、主に、中国で大人気の「中性的な外見の男性アイドル」をさしているそうです。
人々の美意識を当局が指導するのは不思議ですが、もっと不思議なのは人々がそれに従う事です。
当局者の中に、「中性的な外見の男性アイドル」のファンもいたでしょう。その当局者は、自分が好きなアイドルが人目に触れないようにする仕事を命令通りに行います。そして、中国の「中性的な外見の男性アイドル」の無数のファンの人達は、当局の命令によって自分が素敵だと感じるアイドルが見られなくなる現実を受け入れます。
つまり、中国では、芸術家でさえも『自由な心を殺して、発言し行動する事が、正しい処世術だ』という選択をするのです。習近平独裁を支えているのは、多くの中国人たちの日常となっているこの中国流処世術であり、愛国心を煽る情報操作にある事を、私たちは心に刻んでおいた方がよいと思います。
筆者:長谷川七重