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ウクライナ侵略を続けるロシアのプーチン大統領に最も打撃を与えるものは何か。国際社会の対露経済制裁はむろん重要だが、強い効果が出るには相当の時間がかかる。実際の戦場で露軍を敗退させることこそが、「強い指導者」で通ってきたプーチン氏の威信を傷つけ、エリート層の動揺や離反につながる。
露軍が東部ハリコフ州から撤退した9月、ロシアではエリート層や政権支持層の不協和音が表面化した。
政府系テレビの討論番組では元下院議員が「ウクライナ軍を打ち負かすのは不可能だ」と述べ、停戦協議を始めるよう訴えた。「全て順調に進んでいると聞かされてきたが、今日のようなこと(撤退)を半年前に想像できただろうか」(政治学者)との声も出た。政権の強い統制下にあるテレビで、こうした発言が出るのは異例だ。
他方で対外強硬派からは、プーチン政権が「戦争」や「国家総動員」を宣言せず、中途半端に軍事作戦を行っているとの批判がテレビやインターネットで噴出した。著名な女性ジャーナリストは「なぜ露軍は原発を攻撃しないのか」などと息まいた。
突き上げを受けて9月21日、プーチン氏は30万人の予備役動員を決めた。国民の反発を恐れて「部分的動員」にとどめたが、それでも動揺が広がった。全国で反戦デモが起き、参加者が大量に拘束された。徴兵事務所が放火された例もある。動員発表後、徴兵を忌避して20万人が国外に脱出したと推計されている。
プーチン氏は30日、東部と南部の4州併合も宣言した。苦戦が続く中、領土獲得の戦果を示す必要があった。4州を「ロシア領」とし、核による反撃を示唆してウクライナの奪還意欲をくじく狙いもあった。
しかし、併合発表の翌日に東部ドネツク州の要衝リマンをウクライナに奪還された。対外強硬派からはウクライナに「低出力の核兵器」を使うことまで求める声が出ており、ロシアの分断はきわまっている。
ウクライナではかねて、この戦争がロシアの分裂に至るとの見方がある。
ウクライナ国防省のブダノフ諜報局長は5月、メディアで戦争終結のシナリオを2つ挙げた。第1は、ロシアが3つ以上に分裂すること。第2は、ロシアがある程度の一体性を保ちつつ指導層が替わること。後者の場合、ロシアは北方領土など全ての占領地を返還するとの見通しを示した。
ロシア分裂論が出るのは、この戦争で露軍の弱さがあらわになり、露中央の求心力が低下しているためだ。プーチン氏は「垂直の権力」と呼ばれる強固な中央集権体制を築いたが、強権だけで束ねられた広大なロシアは、中央の力が弱まれば一気に瓦解(がかい)しかねない。
ウクライナ国家安全保障防衛会議のダニロフ書記は9月、露分裂のプロセスは「すでに始まっており、加速するだろう」と語った。ロシアで行われた社会調査の結果を入手し、分析したという。
ダニロフ氏は、露中部タタルスタン共和国や南部チェチェン共和国の分離主義が焦点だと述べた。
イスラム教徒が多いタタルスタンとチェチェンはともにソ連末期に独立を宣言し、チェチェンは露中央と2度の戦火をまじえた。大義なき侵略戦争の失敗は、ロシア自身に分離主義の火の粉を降らせかねない。
筆者:遠藤良介(産経新聞外信部次長兼論説委員)
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2022年10月5日付産経新聞【遠藤良介のロシア深層】を転載しています