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Twitterなどのソーシャルメディアでは、「They still use fax machines(彼らはまだファックスを使っている)」は、前時代的で人種差別的な表現を回避した上で、自らの文化と知性の優位性を再確認するためのミームとなりつつある。
「ファックスに依存している。だから日本は特異な後進国である」という主張は、数多くの英語媒体で展開されてきた。ワシントン・ポストも、遅くとも2012年以降にこの路線をとっている。2020年には、4月と10月にこの主張に基づいた記事が配信された。
ワシントン・ポストのFAXシリーズの最新の記事は2021年9月22日の、「A Japanese man threatened a 'bloodbath' at a vaccination site. He sent his warning via fax. (日本人男性がワクチン接種会場を血祭りにするとの脅迫をファックスで送りつけた)」という記事だ。
主題に関する知識がない
記事の冒頭、記者達は自らが技術的知識に乏しいことを露呈している。彼らはこう書いている。
(若い読者への豆知識。ファックス・マシーンは紙をスキャンして、電話回線を使ってメッセージを送信する。メールより高速な、電話回線を利用したメールである。)
確かに、"ファックス・マシーン "の中にはそれができるものもあるが、パソコンやスマートフォンで構成され、インターネットで送受信を行うものもある。
iPhoneやAndroid端末からファックスを作成・送信するためのソフトウェアは、App StoreやPlay Storeで「FAX」と検索することで簡単に見つけることができる。
Web ファックス・サービスでは、プリンタードライバーを使って、遠隔地のファックス・マシーン(番号)を通じてデータを「印刷」することができる。日本を批判する記事の多くでは触れられていないが、このようなサービスを展開する企業の多くはもう一つのファックス大国であるドイツを拠点にしている。
また、企業や官公庁のオフィスで使われるファックス・マシーンは、スキャンと印刷を1台にまとめたMFD(マルチファンクションデバイス)の付属機能であるため、素人目にはそれが「ファックス・マシーン」であると分からないこともある。
プリンターとスキャナーを持ってさえいれば、ファックス機能を追加することは簡単だ。私自身、SOHO(スモールオフィス/ホームオフィス:ネットとパソコンなどを利用し自宅をオフィスのように使うこと )用にMFDをセールで購入した。 そしてコンピュータに接続して初めて、電話回線を使ってファックスを送受信できることを知った。
もっとも、私は固定電話を持っていないためにこの機能を使ったことはないのだが。
伝家の宝刀としてのFAXは日本だけ?
筆者によると、日本では「パンデミックで職を失った悔しさから(補足:ファックスで)殺害予告を送った人がいた」。だから、「不満をぶちまける際には、ファックスが依然として有力な選択肢である」のだそうだ。
たった一つの事例で日本全体のことを判断できるならば、アメリカの場合も同様のはずだ。
最近では、給付金の請求を無視され続けたアメリカ人女性が、最終的にファックスに頼らざるを得なかったケースが報道されている。
私自身、アメリカやイギリスの金融機関に問い合わせをした際、郵便やメールでは回答が得られずファックスに頼ったことがある。
ワシントン・ポストの記者は、一つの事例だけで全体を主張するのは根拠が乏しいと判断したのか、次のように続ける。「コロナウィルスワクチンについて、誰かが警察に殺害予告のファックスを送ったのは初めてではない。 6月、ワクチン接種の対象が12歳から15歳までに拡大されたとき、京都府伊根町の自治体職員には怒りの電話やメール、そしてそう、ファックスが殺到した。"
この情報の出どころは書かれていない。この記事へのリンクをTwitterに掲載したところ、日本人のフォロワーがこの事件に関する日本のメディアの報道ではファックスによる脅迫の記述がないということを指摘をしてくれた。私も実際にそれを検索して確かめた。
仮にファックスでの脅迫があったとしても、それは葉書で脅迫を行うことと同じで、「脅迫」という行為自体の本質的な意味を変えることはない。
論理性がない
記事の最後には、「このような反ワクチン(しかし、ファックスは賛成)の感情にもかかわらず、日本の人々は急速にワクチンを接種している」と書かれています。
この発言に論理性があったとしても、私にはそれがなんであるかわからない。 ファックスを使うこととワクチン接種について賛成か反対かということは、本質的にはなんら関係がない。
複数のコメントで指摘されているように、記者はFAXとVAX(Vaccination=ワクチンの略語)を組み合わせた言葉遊びをしたかったようだ。たとえそれがあくびの出るようなつまらないものであったとしても。
記事に対するワシントン・ポスト読者のコメント
この記事に対するコメントを見ると、日本人のファックスへの依存度を揶揄したワシントン・ポストの他の記事へのコメントと同じような傾向が見られる。多くのコメントは、著者が自分たちが書いていることへの理解と知識の不足を指摘し、証拠となる反例を文書にして示している。
最初にコメントした読者である「Morning Sunshine(注:コメント時にはハンドルネームを使用する)」は、「このライターは、FAXがいかに時代遅れであるかを大々的に問題にしているが、アメリカでは医療機関、郡や州の政府機関、銀行や金融機関では、いまだにFAXが主流であることを明らかに認識していない。」と指摘している。
別の読者の「Babygirl77」は、本記事の冒頭で引用したワシントン・ポストの記事をからかって、「Quick note for younger readers(若い読者への豆知識)」を記している。「米国では、法律事務所、医院、保険会社などでは、いまだにファックスが使われている。」
「MAAT10」は、「2021年3月に亡くなった母親の遺産相続のために、保険会社や年金局、銀行などに死亡証明書をファックスしなければならなかった」という体験談をシェアした読者もいた。
さらには、「Tokyo2013」という読者が、「アメリカはCOVID-19への対応の一部でファックスに頼っていたため、データ収集が遅れた」という記事のURLを紹介した。
これらは記事の執筆にあたって、記者が調査すべきだった数ある事例の1つに過ぎない。
例えば、2020年7月、ニューヨーク・タイムズ紙に、「Bottleneck for U.S. Coronavirus Response: The Fax Machine(米国のコロナウイルス対策のボトルネック:ファックス・マシーン 」という見出しの記事が掲載された。小見出しには、「“Before public health officials can manage the pandemic, they must deal with a broken data system that sends incomplete results in formats they can’t easily use.”(公衆衛生当局はパンデミックに対処する前に、不適切な結果を示す破損したデータを、取り扱い困難なフォーマットで送るシステムに対処しなければならない)」とある。
ほんのちょっとの手間で、「Can you believe America still uses fax machines? " (アメリカではいまだにファックスが使われていることを信じられるか?)」というようなタイトルの類似記事を見つけることができる。
とにかく使える
ファクスが使われ続けているのにはそれなりの理由がある。 それはほとんどの場合において、操作が少なく、学習の必要が少ない、「とにかく使える」技術であるということだ。 余計な操作を必要としないために、比較的安全でもある。
医療分野における個人情報保護の要求を満たすには、他の技術に比べてファックスの方が容易だ。
米国でファックスが使い続けられているもう一つの大きな理由は、医療記録のデジタルシステムが複数存在するということにある。これらのシステムには有効な互換性が無い。 一方のファックスは、世界中で通用する送受信プロトコルを使用することができる。
この記事に寄せられた341件の全てのコメントに目を通さなくても、その多くがアメリカでも未だにファックスが普及していることを指摘していることがわかる。
これらのコメントは、日本が独自の後進国であると主張する根拠が乏しいということを他の読者に理解させるには十分だ。
もしワシントン・ポストがレトロな技術に本当に興味を持っているのならば、ポケベルを取り上げることができる。日本では2019年に完全に廃止されたこのサービスは、アメリカではいまだに使われている。
アメリカでは紙の小切手も使われ続けている。 日本では普及せず、こちらも2019年に銀行での取り扱いが終了した。 米国の法律では、電子送金ではなく紙の小切手を使うことが義務付けられている場合さえある。
そしてもちろん、メートル法ではなくポンド・ヤード法である。
アメリカは、今日のメートル法の世界で最も異端な存在だ。
まとめ
この記事の筆者であるミシェル・イェヒ・リー氏は、男女差別訴訟で言及されのちに退職した特派員である、サイモン・デニア氏の後任として2021年8月にワシントン・ポスト東京支局長に就任した。
リーはTwitterで、アジア系アメリカ人ジャーナリスト協会について頻繁に投稿し、アジア系アメリカ人ジャーナリストであることに誇りに思っている。
日本でのファックスの使い方について、日本人全体を嘲笑するような、およそ高尚とは言えない調査不足の記事を書くことは、アジア系アメリカ人ジャーナリストの活動を促進するための良い方法とは思えない。もっとも、仮に彼女が一部の特派員に見られるような日本人を見下すようなものの見方を、アジア系アメリカ人ジャーナリストにも広めようとしているなら話は別だが。
記事を作成したもう一人の記者であるジュリア・ミオ・イヌマは、自らを「アメリカで生まれ育った日本人女性」と表現している。彼女が記者として執筆した記事は、彼女の視点がアメリカ側のものであるという印象を与える。 いずれにせよ、日米のファクスの使い方や技術についての知識はほとんどゼロのようだ。
さらに、「アメリカで生まれ育った日本国籍市民」である私は、なぜ彼女とミシェル・イェヒ・リー氏が、「白人を中心としたアメリカのエリート読者」を抱えることを売り物にするメディアにおいて、非白人である日本人を嘲笑することが、社会的に進歩的である、あるいは優れたジャーナリズムであると考えるのか、疑問に思う。
筆者:アール・H・キンモンス博士(JAPAN Forwardコメンテイター、大正大学名誉教授)