「ラスト・ウキヨエ 浮世絵を継ぐ者たち」展、太田記念美術館で12月22日まで

 

 

江戸時代に隆盛を極めた浮世絵がいつ、終わりを迎えたのかは意外に知られていない。明治前半に活躍した月岡芳年(よしとし)、小林清親(きよちか)、豊原国周(くにちか)らはしばしば「最後の浮世絵師」と呼ばれ、展覧会などでもそのように紹介されてきた。

 

でも実は、彼らより後の世代の絵師らが明治末期まで、浮世絵版画を制作していたという。

 

洋画家で、歌川国芳(くによし)を初めとする浮世絵コレクターでもある悳俊彦(いさお・としひこ)さん(84)は、こうした浮世絵史の最後を飾る画家たちにも注目してきた。悳コレクションの中から、埋もれた明治の浮世絵を掘り起こす「ラスト・ウキヨエ 浮世絵を継ぐ者たち」展が、東京・神宮前の太田記念美術館で開かれている。

 

同展は前・後期で展示替えをし、総勢37人の版画・肉筆画の計約220点を紹介。ひときわモダンに映る作品は、芳年の門人だった右田年英(としひで)の「年英随筆 羽衣(はごろも)」(前期展示)だ。三保松原の羽衣伝説をもとに、天女が昇天する姿を優美に描いている。大衆向けの浮世絵制作が既に廃れた大正10年頃、あえて伝統的な木版画錦絵で、新たな表現に挑戦した意欲作という。

 

尾形月耕(げっこう)という知られざる画家にもスポットが当てられている。美人画と風景画を融合させた代表作「花美人名所合(はなびじんめいしょあわせ)」は一見、木版でなく水彩のようだ。

 

同館主席学芸員の日野原健司さんによると、江戸と明治の浮世絵で大きく異なるのが色合いという。「江戸時代の浮世絵は輪郭線が明確で、はっきりした色を多用している。一方、明治の浮世絵では細めの輪郭線、淡い色彩や繊細なグラデーションが目立つ。彫りや刷りの高い技術がうかがわれます」

 

悳コレクションは、かわいらしい子供絵も充実している。例えば宮川春汀(しゅんてい)の「小供(こども)風俗」シリーズ。動物園でゾウに見入る子供などは、近代ならではモチーフだろう。

 

明治時代には石版画や機械印刷、写真など新しい技術やメディアが登場し、美や芸術の概念も変わっていった。浮世絵師の中には、日本画家として肉筆画を官展に出品したり、雑誌に載せる木版の口絵を手掛けたりと、新たな道で活躍する者も多かったという。いずれにせよ斜陽の中で、最後の浮世絵師たちが葛藤しながらも、自らの表現を求めて奮闘したことが、展示から伝わってくる。

 

「ラスト・ウキヨエ 浮世絵を継ぐ者たち」というタイトルは、過ぎ去った江戸の絵師たちの精神を受け継ぎ、新たな時代の絵画を切り開こうとしていた絵師たちの姿が、映画「ラスト・サムライ」のイメージと重なり、思いついたという。

 

明治という時代、確かに浮世絵は徐々に衰退していく運命にあったが、時代の大きな変化に立ち向かいながらも、絵師として生きるために困難な時代を切り開こうとしていくエネルギーに満ち溢れていた。

 

日野原さんは「明治後半の浮世絵は、浮世絵研究からも近代美術の研究からもすっぽりと抜け落ちてきた“空白部分”。江戸の伝統を引き継ぎつつ、新たな表現を目指した画家たちの作品を見直すきっかけになれば」と話している。

 

前期は24日まで。後期は29日~12月22日。月曜休。

 

筆者:黒沢綾子(産経新聞)

 

 

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悳俊彦氏による【アトリエ談義】シリーズ
第1回:歌川国芳:知っておかねばならない浮世絵師
第2回:国芳の風景画と武者絵が高く評価される理由
第3回:浮世絵師・月岡芳年:国芳一門の出世頭
第4回:鳥居清長の絵馬:掘り出し物との出合い
第5回:国芳の描く元気な女達
第6回:江戸のユーモア真骨頂“国芳の戯画”
第7回:歌川国芳の弟子たちを通してみる国芳の遺産
第8回:武蔵野の思い出と私の宝物

Ayako Kurosawa

Author:

Ayako Kurosawa is a staff writer of The Sankei Shimbun Culture News Department.

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