【神話を斬る】大坂なおみは東京五輪日本代表としてプレーするため、米国籍離脱は不要だ

 

多くの英語圏マスコミは、テニスのスター選手であり日本と米国の国籍を持つ大坂なおみが、日本代表として2020年東京オリンピックに出場するために日本国籍を維持し、米国籍を離脱することにしたと伝えている。

 

たとえば、CNNの見出しは「東京オリンピックのために大坂なおみ日本国籍選択」、BBCは「世界3位の大坂なおみがオリンピックで日本代表となるために米国籍を離脱」と伝えている。

 

しかしながら、それらの見出しは誤解を招くものだ。なぜなら、大坂は日本代表となるために米国籍を離脱する必要はないからだ。オリンピック憲章には、「同時に2つ以上の国籍を持つ競技者は、どの国を代表するのか、自身で決めることができる」とある。日本オリンピック委員会のサイトで日本語版を読むこともできる。

 

調べてみると、日本がオリンピック憲章に従っていないという事実は見当たらなかった。オリンピアンが国籍を変更するのは特に珍しいことではない。

 

日本の法律は、生まれながらにして二重国籍を持つ者が日本籍を維持することを望む場合は、22歳の誕生日までにもう一方の国籍を離脱する努力をすることを求めている。大坂なおみの場合、この期限は2019年10月16日である。そのため、彼女は現在手続きをとっていると思われる。

 

ここで「努力をする」という言葉に注目する必要がある。

 

 

日本における多重国籍

 

日本は正式には多重国籍状態を認めていない。 しかし、実際には人々が2つの国籍を持つことは可能だ。 世界には出生時の国籍の離脱を認めていない国もある。日本政府の「努力する」ことを求める方針は、そうした国の国籍と日本国籍を持つ人が日本国籍の保持を選ぶ際に国籍離脱の問題に直面することを防いでいる。

 

よりわかりやすく言うと、いわゆる「聞くな、言うな」とでも言うべき方針だ。 政府はもう一方の国籍を離脱したかどうかを確認する制度もなければ、努力もしていない。 さらに、一方の国籍を離脱しなかった場合の罰則もない。

 

国籍選択の手順を説明する公式webページは、もう一方の国籍を離脱することが必須ではないということを間接的に認めている。 「もしあなたが二重国籍なら、国籍を選択してください」と太字で目立つように書かれているが、命令ではなくお願いといった印象を与える。

 

日本人が第2の国籍を取得したために日本国籍を取り消されたケースはある。現在裁判で争われているケースもいくつかある。しかし、私が調べたそのようなケースはすべて二重国籍以外の点に法的な問題があった。

 

 

米国から見た二重国籍とその離脱

 

大坂なおみの場合、問題はむしろ米国側の法律にあるだろう。米国人が米国籍を離脱することは2010年までは比較的少なかった。しかし、同年オバマ大統領の下でFATCA(外国口座税順守法)と呼ばれる法律が成立すると、状況が大きく変わった。

 

この法律は外国銀行やその他の金融機関に対し、米国籍保持者と「グリーンカード」保有者の口座残高などを米国政府に報告することを求めている。応じない場合は、彼らが米国で行った事業に対して厳しい罰則を課すとしている。

 

即座に、2つの大きな影響が出た。 1つは一部の外国銀行が米国籍保持者と「グリーンカード」保有者の口座を解約し、同様の人たちからの新規の口座の受け入れを拒否するようになったということである。 もう1つは米国籍を離脱する人が急増したということだ。

 

米国籍を離脱する手続きは複雑で時間がかかる。米国国内ではできず、 海外にある大使館または領事館で行わなければならない上、2回訪れる必要がある。東京にある米国大使館の場合、火曜日と木曜日の午後2時以降しか手続きができないため、1週間あたりに処理できる申請は極めて少ない。

 

2回の必須の訪問を同時に予約することはできず、1回目の訪問が終わってから2回目の訪問を予約しなければならない。2回の訪問を終えるのに通常数週間から数カ月かかる。また、米国大使館は日米両国の祝日に閉館するため、予約できる日はより少なくなる。最初の訪問の面接では、米国籍の離脱を思いとどまらせるための努力がなされる。

 

 

米国当局が真に望んでいること

 

2度の訪問に加え、「管理費」として2,350ドル(約25万円)の料金を支払わなければならない。しかしながら、管理上の負担金が生じるのは、米国当局自身が手続きを非常に複雑にしているためである。

 

大坂なおみの場合、より重要なのは、彼女が米国籍を離脱するのは米国の所得税を回避するためではないこと、米国政府が支払うべきだと考える税金のすべてを彼女が支払っていることを米国政府に納得させなければならないことだ。

 

米国は、国籍保持者および永住権保持者の国外での収入に対して課税する、数少ない3カ国のうちの1つである。 さらに、海外に居住し米国内での所得と納税義務がない場合でも、毎年納税申告書を提出する法的義務がある。申告書を自分で準備するのは非常に時間がかかるし、税理士を雇えば費用がかさむ。

 

米国籍を離脱しようとする高所得者は、出口税(注:EXIT TAX 国籍離脱の際に課される税)の対象となる場合がある。これはかつてソビエト連邦が同種の税を課した時に、米国政府が非難したものと変わりない。 さらに、米国税務署が国籍を離脱した人物を離脱から10年にわたって監視するケースもあるようだ。

 

大坂なおみには、彼女がテニスに専念できるように問題を処理してくれる税務専門家と法律顧問がついているだろう。 しかし、ほとんどの人にとって米国籍の離脱は面倒で時間と費用のかかるプロセスである。

 

 

大坂なおみの事例

 

私が読んだ英語圏のメディアは、米国大使館が大坂なおみを特別なケースとして扱わない限り彼女が従わなければならない手続きについて説明していない。 それらの記事を読むと、大坂にとって日本国籍を選択することは書類上のいくつかのチェックボックスに印を入れれば済む問題であるという印象を受ける。しかし、実際は大きく異なる。

 

大坂は「2020年のオリンピックに日本代表として出場するために日本国籍を保持することを選択した」と述べているが、一部の日本人はそれ以外の動機の可能性を指摘している。

 

第1に、日本国籍は課税の面でより有利である。 日本はほとんどの国と同様に海外に住んでいる国民の所得に課税しない。

 

第2に、大坂なおみの公式ウェブサイトに名を連ねているスポンサーを見ると、1つの事実が浮かび上がる。即ち、その多くが日本企業であるということだ。 彼らにとって、大坂なおみが日本人を祖先に持つアメリカ人であるよりも、日本人であるほうが魅力的である可能性が高い。

 

元々米国で生まれ米国籍を保持していた帰化日本人として、私は米国籍より日本国籍を選択する人々に拍手を送りたい。

 

東京オリンピックをはじめとするテニストーナメントにおいて、日本代表の日本人として大坂なおみが活躍することを期待している。私は自分が選んだ祖国を誇りに思っている。そして、大坂なおみが私たちの誇りとなることを願っている。

 

筆者:アール・キンモンス(大正大学名誉教授)

 

 

この記事の英文記事を読む

 

 

Earl Kinmonth

Author:

Earl H. Kinmonth is professor emeritus at Taisho University. Before moving to Japan in 1997, he was reader in Japanese Studies at the University of Sheffield (1989-1997) and professor of history at the University of California-Davis (1977-1989). His research is in the history and sociology of Japanese education from the Meiji period to the present, with an emphasis on 1930s-1940s Japan. He is a Japanese citizen and writes commentary in English and Japanese, and does Japanese English translation. He is currently writing a book on foreign media coverage of Japan under the working title Japan in the Foreign Imagination.

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