コーヒーのカフェ酸で半導体の性能が100倍に 日本の苦境救う新技術
~~
かつて日本経済を牽引(けんいん)していた半導体産業は現在、米国や中国などに大きく後れを取っている。だが、産業技術総合研究所などの研究チームは最近、コーヒーなどの植物に含まれるカフェ酸を電極に使うことで、今後の用途拡大が期待される次世代半導体である「有機半導体」の性能を、100倍も向上させることに世界で初めて成功。バイオマス由来のため環境負荷の軽減につながり、日本の苦境を救う新技術にもなりそうだ。
次世代主役は有機半導体
平成の中頃まで、半導体は産業の中枢を担うという意味で「産業のコメ」と呼ばれ、日本が世界をリードしてきた。だが、開発投資戦略の失敗や、米国や中国、台湾などの台頭などの影響で国際競争に負け、いまやその面影はない。
ただ、コンピューターや通信機器、自動車、家電など、あらゆる電子機器に欠かせない半導体は、経済安全保障の観点から、研究開発力や生産力を確保しておく必要がある。そのため、日本政府は昨年6月に半導体戦略をまとめ、巨額補助金を投じて研究開発拠点、生産拠点の誘致に着手。米政府とも次世代半導体の研究開発拠点整備で合意し、劣勢挽回を目指している。
半導体製品の主役はこれまで、単純な記憶装置であるDRAMや、複数の集積回路を組み合わせて高度な機能を効率的に実現するシステムLSIなど、さまざまに移り変わってきた。そんな中で、現在、次世代の主役になるとみられているのが有機半導体だ。
これまで使われてきた半導体の大半は、無機物のシリコンを主な材料として作られた無機半導体だった。この材料を、炭素同士の結合が骨格の有機化合物に置き換えたものが、有機半導体と呼ばれる。
電流の量の少なさが弱点
無機半導体の製造が大規模な装置を必要とするのに対し、有機半導体は基板に材料を塗布するだけで簡便に作れる点が長所。また、柔軟なため曲げることが可能で、新たな用途を幅広く開拓できるのではないかと期待が広がる。既に、有機ELディスプレーや、画面を折りたたみできるスマートフォンなど、一部で実用化が始まっている。
だが、弱点もある。半導体は材料を電極で挟み、電流を流す。流れる量が多いほど半導体としての性能が向上するが、有機半導体は流れる量が少ない。さらなる実用化の拡大には、電流量の向上が大きな課題となっている。
そこで研究チームは、電極と半導体材料の間に、電流量の増加につながる物質の層を作ることで、性能を向上しようと考えた。その際、チームを指揮する産総研の赤池幸紀主任研究員は「層を作る物質は、植物由来の有機性の資源であるバイオマスから見つけ出し、地球全体の共通課題であるSDGs(国連の持続可能な開発目標)に貢献しよう」と決めた。
あらゆる電子機器に大量に使われている半導体は、廃棄された場合、生物による分解が困難で、環境への負荷が非常に大きい。だがバイオマス由来なら、生物が容易に分解できることから環境負荷が減り、循環型社会に適合できる。
全てバイオマスの半導体へ
電流を通しやすくするには、プラスの電荷の部分とマイナスの電荷の部分がはっきりと分かれた分子構造の物質を選ぶ必要がある。
バイオマス由来の物質から探してみたところ、植物が作り出すフェニルプロパノイドと呼ばれる物質群が適していると判明。その一つで、コーヒーをはじめとした植物に含まれるカフェ酸という物質を試してみることにした。抗酸化作用を持つポリフェノールという物質の一種で、分子内の電荷分布が非常にはっきりしており、入手が容易で価格も安かったからだ。
さっそく電極に吹き付けて有機半導体との間にカフェ酸の層を作り、電流を通してみたところ、層を作る前と比べて約100倍もの電流が通るようになった。
カフェ酸分子の片方の端には、電極と結合しやすいカテコール基という構造があるため、電極に吹き付けた際に層内で分子が同じ方向を向いて並んだことから、電流の通りやすさがさらに増したらしい。環境にやさしいバイオマス由来の物質を使って、有機半導体に効率的に通電させることに成功したのは世界で初めてという。
チームは今後、さらに電流の量を増やせるよう研究を重ね、有機半導体の性能向上を目指す。日本発の技術により、高性能で環境にやさしい有機半導体が実現すれば、日本の半導体分野における苦境脱出の一助になるかもしれない。
赤池主任研究員は、「廃棄後の半導体の環境負荷を極限まで下げることを目指し、今後は電極の上の層だけでなく、有機半導体そのものまで全てバイオマス由来の物質で作ることに挑んでいく」と話した。
筆者:伊藤壽一郎(産経新聞)
◇
2022年12月11日付産経新聞【クローズアップ科学】を転載しています
You must be logged in to post a comment Login