『君たち、中国に勝てるのか』:「島に手を出すな」と安倍氏
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岩田清文元陸上幕僚長ら自衛隊最高幹部OB3人と安倍晋三内閣で国家安全保障局次長を務めた兼原信克氏が、台湾有事や自衛隊の備えの現状などについて警鐘を鳴らす新著『君たち、中国に勝てるのか』が胸に響いた。タイトルは、かつて安倍氏が発した言葉からつけられている。
兼原氏によると、安倍氏は平成30年策定の「防衛計画の大綱」を作る際の準備過程の冒頭で、居並ぶ自衛隊最高幹部にただした。
「君たち、勝てるのか。(沖縄県石垣市の尖閣諸島を巡り)戦争になれば、自衛隊員は何人死ぬのか」
これを読んで筆者が河野克俊前統合幕僚長に尋ねると、安倍氏に別件で報告に行ったときにやはり「実際に戦闘になれば、どれぐらい損害が出るのか」と質問され、率直に答えたという。
兼原氏はこうしたエピソードについて、同書で次のように解説している。
「戦争が始まれば自衛隊の犠牲は免れません。みんな家族がいる。安倍総理は、自分がその最高責任者だという気持ちがとても強かった。そんな指導者は戦後、鼓腹撃壌(こふくげきじょう)となった日本にはいませんでした」
岩田氏も同書で「安倍総理から『日本は勝てるのか』と言われましたが、この質問をしたのは、これまで安倍総理一人だけです」と述べている。
確かに歴代首相の一人、菅直人氏は、就任するまで自身が自衛隊の最高指揮官であることも、防衛相が自衛官ではなく文民であることも知らなかった。
一方、安倍氏は2度の首相退陣の際には、持病が悪化していく中で自衛隊の最高指揮官として判断を誤る可能性はないかと自問自答して決断していた。
また、安倍氏が中国の習近平国家主席と会談した際には、毎回、尖閣諸島に関して「日本の意思を見誤らないように」と強調していたことは知られているが、兼原氏はその前段があったことを明かしている。
「安倍総理は習近平主席に『私の島に手を出してはいけない』と本当に言ったのですよ。そして『私の意思を見誤らないように』と続けたのです」
首相が領土を守り抜くという国家意思、そして自分自身の覚悟を告げた際のすごみを感じる。耳の痛いこと、都合の悪い情報から遮断された独裁者には直接、日本の考えを伝えて印象に深く刻ませる必要がある。
昨年12月、岸田文雄内閣は反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有を盛り込んだ「安保3文書」を閣議決定した。中国や北朝鮮の脅威に対抗する当たり前の防衛戦略がようやく緒に就いたわけだが、ここまでの道のりは長かった。
平成27年5月、自民党総務会が、集団的自衛権行使の限定的容認などを盛り込んだ安全保障関連法案を了承した日のことである。
安倍氏はマスコミも野党も、さらには一部自民党内からも「この法案で歯止めは利くのか」との議論が蒸し返されることに、うんざりした様子で語った。
「くたびれるね。何あの『歯止め』とか。中国に言ってみればいいんだよ。歯止めなく軍事拡大している国がそこにあるのに、彼らはそれは言わない」
それから8年近くたつ。その間、国民の対中観や安保観は現実化したが、親中派の主張は十年一日のごとく変わらない。自民党の河野洋平元衆院議長は7日のTBS番組で語った。
「この政策転換は、あり得ない。安倍政治に非常に大きな問題があった」
だが、あり得ないのがどちらであるかは、もはや自明のことだろう。
筆者:阿比留瑠比(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)
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2023年1月12日付産経新聞【阿比留瑠比の極言御免】を転載しています
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