熟成日本酒が海外で高い評価、1本100万円も 失われた文化を復興
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長期間熟成させた日本酒が酒類業界で大きな注目を集めている。海外のコンクールでも高い評価を受け始めており、中には1本で100万円を超す高級酒も出てきた。江戸時代まで美酒として珍重されていたにも関わらず、新酒をなるべく早く売り切るよう促す明治時代の酒税法の影響で一度姿を消した経緯があり、失われた酒文化の復興に向け努力が重ねられている。
「熟成日本酒のおいしさは、海外はもちろん国内でもまだ知られていない。大きな可能性を秘めている」
10年以上の熟成酒を集めたブランド「古昔(いにしえ)の美酒」を展開する匠創生(兵庫県淡路市)の安村亮彦社長はこう強調する。業界内では「熟成日本酒の世界では日本最大のネゴシアン(仲買人)」(酒販関係者)といわれ、全国45酒蔵の約60銘柄(約20万リットル)を抱える。
同社が販売する石川県金沢市の酒蔵「福光屋」の山廃純米酒(平成11年醸造)は、琥珀(こはく)色に熟成し、かぐわしいカラメルのような芳醇(ほうじゅん)な香りが特徴だ。5月に英国で開かれた世界最大級の酒類品評会「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)」で、サケ部門(古酒の部)の金賞を取った。安村氏は「海外で賞を取り、日本そして世界中に広める」と意気込む。
令和7年に海外売上高比率を現在の1割から5割に高める目標を掲げ、新型コロナウイルス感染拡大が一巡した昨年から海外での代理店開拓を強化している。
酒蔵や酒販店などが集まって昭和60年から活動する長期熟成酒研究会(東京都港区)によると、熟成酒の歴史は古い。鎌倉時代の仏僧で日蓮宗の開祖、日蓮の手紙にも貴重品として登場し、江戸時代には9年物古酒が「上等な新酒の3倍ほどの値段」で取引された。
だが、明治期に入ると日本酒を醸造した時点で課税対象にする「造石(ぞうこく)税」が導入された。当時は腐敗を防ぐ技術や設備が未発達だったため、酒蔵は課税済みの酒の商品価値が落ちるのを恐れて販売を急ぎ、熟成酒を楽しむ文化は失われた。
熟成酒に挑戦する酒蔵が再び現れたのは高度経済成長期から。熟成させたワインの酒質が上がるのを見て触発されたらしい。昭和40年代からの吟醸酒ブームの傍らで少しずつ貯蔵された酒が、今は50年物の古酒となった。「50年以上の古酒を希少なワインたるでさらに熟成させたようなものは100万円を超える金額で取引されることもある」(研究会の伊藤淳事務局長)。
酒の多様化などで日本酒の国内消費量が減少する中、清酒製造免許場の数も過去50年で半減した。老舗酒蔵7社でつくる「刻(とき)SAKE協会」(京都市)の上野伸弘常任理事は「同じような仕様の酒で価格競争、技術競争を繰り返した。新しい価値基準を作らないと日本酒業界がだめになる」と危惧する。少子化とアルコール離れで市場が縮小する国内に頼らず、海外でも勝負できる付加価値の高い商品が必要という考えだ。
協会では、「あらかじめ定めた場所で10年以上熟成させる」「原材料、製造工程、貯蔵環境の履歴を証明できる」といった熟成酒の認定基準を作り、業界関係者向けのセミナーも開いている。「酒販店の意識が変わらないと消費者に伝わらない」(上野氏)からだ。
高価な熟成酒は日常生活で楽しむ酒とは異なる。とはいえ、ワインやウイスキー、ブランデーなど洋酒の世界では熟成させた高級酒の存在が業界全体の価値を高めている。日本酒の世界でも、熟成酒のおいしさと希少性が再評価されることで、「酒蔵を『息子に継がせられる』ような稼げる商売にしたい」(匠創生の安村氏)と試行錯誤が続く。
筆者:田辺裕晶(産経新聞)
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