ハーバード大学ラムザイヤー教授、脅迫と撤回圧力に屈せず
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JAPAN Forwardでは、通説に反して異説を立てたなどの理由で、激しく批判される学者たちに焦点を当てる。
今回は、米ハーバード大学ロースクールのJ・マーク・ラムザイヤー教授がインタビューに応じた。「慰安婦」論文をめぐる論争、批判者たちの限界、そしてアメリカの大学内における反日偏見など、さまざまな問題を語った。
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修羅場の開幕
2021年2月1日の朝、大量の迷惑メールがラムザイヤー氏を待ち構えていた。驚くことに、これらのメールは、数ヶ月前に物議を醸したとされる彼の学術論文に対する敵意と攻撃に満ちたものだった。
ラムザイヤー氏の論文「太平洋戦争における性契約」(2020年)は、第二次世界大戦中の日本の慰安婦制度を経済的フレームワークから分析したものである。著者は同論文で、当時の朝鮮人慰安婦の多くは、戦争という特殊な状況を反映した契約を結び雇用されたと主張した。契約の特徴としては、比較的高い前借金、短い雇用期間、そして前借金の返済後は自由の身になる権利―などが挙げられる。
日本で肯定的な評価を受けた同論文は、隣国の韓国では激しい論争を引き起こした。というのも、韓国人の大半はいまだ、慰安婦は日本軍により強制連行され、性奴隷にされた女性と信じているからである。そして2021年2月、韓国の主流メディアはラムザイヤー氏を歴史否定主義者と非難し始め、国民的反発が相次いだ。不快なメールが届き始めたのもこの頃である。
ラムザイヤー氏は当時の状況を「修羅場の開幕」と表現した。
「個人的な攻撃は数カ月も続いた。ある日は77通以上の電子メールが届き、そのうちのいくつかは殺害の脅しも含んでいた。何より、論文の撤回を要求するアメリカの学者たちを見ながら愕然とした」と回想する。
「非専門家」による撤回キャンペーン
東アジア史を研究する米大学の教授などは、同論文の出版社に対し撤回を求める書簡を送っていた。その中には、おそらく慰安婦の歴史に無知であろう、UCLAの政治学者マイケル・チェ氏が、他の学者たちに撤回運動への賛同を求める請願書を配布した。
「論文の内容が気に入らないなら反論を書くべきだ。撤回を要求することは、人文科学の分野において慣行ではない。撤回は、重大な統計エラーが検出された医学または統計ジャーナルで時々起こることで、その場合にも、撤回よりは反論の論文の方が可能性は高い」とラムザイヤー氏は主張した。
結論から言うと、ラムザイヤー氏の出版を阻止しようとする多くの試みは失敗した。2年にわたる調査の末、オランダの学術出版社「エルゼビア(Elsevier)」は、論文の取り下げを拒否した。同ジャーナルの倫理や規定に違反していないとみなしたのだ。ただ、出版社は「懸念の表明」を維持することを決定した。
これに対してラムザイヤー氏は次のように述べた。「当初、慰安婦の『強制連行』説を暴くもっと長い論文を提出した。そこには吉田清治の虚言などに対する反論も含まれている。しかし、International Review of Law and Economics誌は、名の通り経済と法律を専門とする学術雑誌であるため、編集者たちは歴史的な議論には興味がなく、それらを削除するよう依頼した。もしその部分が残っていたら、状況は違っていたかもしれない」。
実際の契約をめぐる論争
批評者の多くは、ラムザイヤー論文が実際の契約書を提示していないため、著者のロジックは成り立たないと主張する。
これに対し、「朝鮮人慰安婦と慰安所の主人間の契約関係を、合理的に推論できる歴史的証拠は十分ある」とラムザイヤー氏は反論し、契約関係を裏付ける参考文献をいくつか紹介した。中には、ヒョン・ビョンスクという元慰安婦のように契約条件を自ら交渉した女性もいた。
にもかかわらず、論文を先立って批判してきたエイミー・スタンリー教授やデイビッド・アンバラス教授などは、実際の契約なしには適切な分析はできないと言い切る。
「契約の原本が残っていないのは事実だ。しかし、契約書はあくまで慰安所と個人の女性が締結した個人契約。1945年8月以降、日本と韓国の慰安所の主人は生きて帰還することが目的であり、このような価値もない文書を持ち帰ることは彼らの優先順位にはなかったはずだ」とラムザイヤー氏は説明した。
ラムザイヤー氏はまた、早稲田大学の有馬哲夫教授と共同執筆した論文、「慰安婦:北朝鮮とのつながり」で、契約にまつわるさらに多くの資料があるとし、「この論文の付録に、慰安婦と慰安所との契約関係を具体的に示す政府記録、軍事報告書、古い新聞、そして証言などが含まれている」と言及した。
批評者たちに問う
ラムザイヤー氏の「契約理論」を無効化するには、前借金、固定契約期間、慰安所主人との収益分け(玉割)、債務の償還後に自由の身になる権利など、その実体すら否認しなければならなくなる。
また、もし契約関係ではなく、例えば日本軍が(国連マクドゥーガル報告書で示唆しているように)「レープキャンプ(rape camp)」などを運営したと主張するなら、そのような理論を立証する義務は批評者たちにある。だが、未だに誰一人もラムザイヤー論文の核心的論理に異議を唱え、代替可能な理論を提示した覚えはない。
ラムザイヤー氏はこの現象を次のように分析した。「批判者たちは、契約に関するいかなる議論も英語で書かれる事を防ごうとしている。彼らは慰安婦たちが性奴隷だったという、歴史的な合意が明らかにあるかのように主張する。しかし、そういったコンセンサスは日韓の学会では存在しない。あるとすれば性奴隷説を否定するものだろう。問題は、このような議論が英文資料ではほとんど見られないということだ。 批判者たちは現状維持を望んでいるのだろう」。
抵抗はどこから来るのか?
ラムザイヤー氏がこの2年間経験したことは、必ずしも逸脱的な事例ではなく、米学界ではかなり馴染みのある現象である。ここ数年、アメリカの大学街を席巻したキャンセルカルチャー、PC主義、異説に対する抵抗などの延長線と言っても過言ではない。
ラムザイヤー氏は、人文学会の理念的同調、被害者主義、厄介な伝統などが今回の事態に部分的に寄与したと診断している。
「アメリカの人文学界では、女性に対する戦時暴力など、帝国主義において学会が好む話にフォーカスが当てられる。 また、東アジアの歴史を研究する一部の学者は、日本軍を否定的な視線で見る傾向もあるようだ」と語る。
それでもラムザイヤー氏は、一般的に学生たちは講師より柔軟に異質な見解を受け入れるという点で、若干の希望を持っていた。
在日犯罪から慰安婦問題へ
知識人たちが慰安婦問題を研究する理由は実にさまざまである。しかし、主題自体が歴史的、政治的に敏感なものであるだけに、その過程にはしばしば高い水準の献身と勇気を要する。
ここで一つ自然な疑問が生じる。なぜ日本の法学を専門とするラムザイヤー氏がこのテーマに辿り着いたのか。
ラムザイヤー氏は、在日韓国人の犯罪を研究していた途中、慰安婦関連資料を初めて発見したと説明した。
「2018年頃のことだった。私は戦前と戦後の下層階級社会での犯罪に関する問題を研究していた。在日関連の犯罪を調べていたところ、私は慰安婦に関する資料を偶然見つけた。しかし、私が発見した資料は、アメリカの学者たちが主張している内容と事実関係が一致しないことに気づいた。その頃から慰安婦問題の研究に真剣に取り組んだ」と語った。
最後に、慰安婦問題を探究し始めたことを後悔したことがあるかとの質問に、ラムザイヤー氏は「いいえ」とし、自らが経験したことは苦痛で損失も多かったが、研究成果は辛辣な批判より価値が高いものだと答えた。
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2023年8月3日、ラムザイヤー論文の批評者であるノースウェスタン大学エイミー·スタンレー教授とノースカロライナ州立大学デイビッド·アンバラス教授に連絡し、コメントを要請したが、現時点まで返事を受けていない。
詳細は直接、著者まで:kenjiy329@gmail.com
筆者:吉田賢司(ジャーナリスト)
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