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映画「オッペンハイマー」を見て 被爆の実相、これで伝わるか

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映画「オッペンハイマー」の広告=2023年7月、米ニューヨーク(共同)

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第96回アカデミー賞で計7部門を受賞したクリストファー・ノーラン監督の映画「オッペンハイマー」。視覚や音響効果を駆使し現代史の転換点の原爆開発と対峙(たいじ)した意欲は評価に値すると思う。だが、被爆国の日本人として複雑な感想と率直な憤りも覚えた。

 

昨年8月に劇場で2回見た。「戦争スリラー」というメディアの紹介には引っかかったが、多くがスリラー映画を見に来たような雰囲気で、ポップコーンを食べながら足を伸ばす若者の姿も目に入った。広島・長崎の原爆投下から78年の夏。被爆者や家族がごらんになったらどう感じるだろう-という問いが消えなかった。

 

アカデミー賞で計7部門を受賞した映画「オッペンハイマー」のクリストファー・ノーラン監督(中央)=3月10日(ロイター)

 

軍部や研究者らが、ドイツに開発の先を越されることを恐れた焦りが伝わってきた。そのドイツが降伏した1945年5月、標的は日本に移り、現場はやむことなく完成へひた走った。

 

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無条件降伏ありきのルーズベルト大統領の終戦構想とそれを継いだトルーマン政権が日本への原爆使用を決めた経緯に映画は深く触れない。実験当日の緊迫、大音響と大閃光(せんこう)の実験成功のヤマ場。保護眼鏡をかけたスタッフらが口もとに驚きと笑みを浮かべた。達成感か、「これで戦争が終わる」という安堵(あんど)か…。「目は口ほどに物をいう」が、目が隠された開発者の感情は想像するしかなかった。

 

投下都市を選定する軍部の会議。「新婚旅行で訪ねた」とのスチムソン陸軍長官の進言で京都が対象から外された。人命を左右する決断と差配が淡々と描かれる。そして、研究施設のロスアラモスに広島への原爆投下の報がもたらされた。

 

映画「オッペンハイマー」より(© Universal Pictures. All Rights Reserved.)

 

朝焼けの大地で男女が太鼓を鳴らし歓喜の声を上げる。原子力時代の日の出を祝うかのような光景だ。未知への科学の進歩が未曽有の破壊と殺戮(さつりく)を伴ったことを、彼らはまだ知らない。

 

続く長崎も含む2発の原爆についてロスアラモス研究所に勤務した物理学者は2020年8月、米紙に「原爆は日本人を含む数百万人を救った」と寄稿した。本土上陸に伴う犠牲が回避された-は米側の一貫した認識だ。映画でも「ボーイズ(米兵)を帰国させる」と語気を強めるセリフがあった。

 

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ウクライナやパレスチナ自治区ガザの戦闘など米国の関与が深まりかねない今、原爆は米兵の命を守ったという言説は製作者の意図は別にして、多くの観客に再認識された気がした。

 

映画「オッペンハイマー」より(© Universal Pictures. All Rights Reserved.)

 

半面、被爆の実相は十分に伝わらないと感じた。被爆地と被爆者の様子が暗室の中、スライド写真でオッペンハイマーに報告され、見るに堪えない表情に焦点が当てられる。だが、がれきの街や苦痛に耐える人々といった本当の光景は映し出されない。

 

無論、彼は現実を知ったはずで東西冷戦とともに本格化した水爆の開発に異を唱えた。映画は、共産主義に共鳴した過去から議会公聴会でスパイ疑惑の追及を受けた彼の失意と名誉回復までの戦いで締めくくられる。「原爆の父」の真の苦悩と後悔は、スクリーンではぼやけていた気がした。

 

筆者:渡辺浩生(産経新聞ワシントン支局長)

 

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