日本が残した資産「帰属財産研究」 韓国学者の執念、反日史観に挑む
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日本が韓国併合(1910~45年)の間に朝鮮半島に残した資産は52億ドル(約6千億円)、現在の価値で数千億ドル(数十兆円)に上る。鉄道、港湾など社会資本から私有財産まで膨大な資産が韓国に引き継がれ、経済発展の土台となったにもかかわらず、「敵産」と疎まれ忘れ去られてきた。韓国の経済学者、李大根(イ・テグン)・成均館大名誉教授(82)がこの日本資産を実証研究した著書「帰属財産研究」の日本語版が出版された。李氏は日本資産が韓国発展史に「産業革命」をもたらしたと評価している。韓国を席巻する反日史観への挑戦状である。
「帰属財産」を地中に埋めた韓国
朝鮮半島に残された日本資産は戦後、米国に接収され、これを米軍は米国に帰属するという意味で「帰属財産」(vested property)と呼んだ。「帰属財産」は当時の朝鮮半島の国富の80~85%を占めた。そして1948年、韓国政府樹立により韓国に移管された。
道路、鉄道、港湾、電気、電話、干拓、水利など社会資本▽政府庁舎、学校、病院、寺刹(じさつ)など公共施設▽農場、漁場、鉱山など産業施設▽銀行、証券、保険、不動産など社会サービスや有形無形資産に加え、私企業、住宅など、帰属財産は日本統治下の朝鮮半島で形成された近代国家経済の資産の全てである。終戦により、そこに暮らし働いていた日本人は着の身着のまま追われて帰国した。
しかし、韓国では帰属財産が近現代史に果たした役割の研究はおろか、その存在すら知識層にも正しく認識されずにきた。実態さえ把握できない状況で、戦後長きを経て、人々の脳裏から消え去っているという。「これは歴史に対する無知、知的欺瞞(ぎまん)にほかならない」(李氏)。
その代わり韓国では、韓国併合の近代史を「日本が搾取し略奪した」と反日一色で教えてきた。ソウル中心部にあった朝鮮総督府庁舎は大正15年の竣工(しゅんこう)当時、東洋最大の壮大な建築だったが、金泳三(キム・ヨンサム)政権の「光復50年」(日本からの解放50年)記念行事で爆破・解体された。
李氏は韓国近代経済史における日本統治研究の先駆者で、日本でもベストセラーとなった「反日種族主義」(李栄薫=ヨンフン=編著)執筆グループの先輩格に当たる。李大根氏は70歳の大学定年を機に帰属財産の包括的な研究を決意。膨大な資料を収集、分析したのが韓国では2015年に刊行された「帰属財産研究」(文芸春秋)だ。
戦前、戦後の帰属財産の運命
李氏の研究は、韓国併合時代以前から日本が朝鮮半島でどのような形で資産を形成し何を残したかという部分と、戦後この資産が米軍政庁にどう扱われ、さらに韓国に移管された後、どのように歴史の表舞台から消えていったかを追っている。
戦後の米国の接収は、混乱の中で朝鮮人による横領や略奪、資産の破壊も多かった。また、一刻も早く日本人を帰国させたかった米軍政庁の財産管理体制には不備が多く、帰属事業体の運営は不調で工場の稼働率は低下、生産は縮小してしまった。3年後の韓国建国で米軍政から韓国に移管された帰属財産は約29万件に上り、李承晩(スンマン)政権下で公共財は国営の事業体に払い下げとなった。
李大根氏は帰属財産を含む日本統治の遺産は、経済的側面だけではなく人間の精神面や学術、法制度や価値観に及び、「その善悪は別として植民地遺産としてみるべきだ」と主張している。開国した日本はいち早くオランダ語や英語、ドイツ語などから苦労して用語や西洋の概念そのものを漢字に翻訳した。韓国はその用語を導入し「間接的近代化過程」を経て、統治時代に私有財産制と市場経済を確立したからだ。接収され韓国企業に引き継がれた元日本企業の一部はその後、韓国財閥にもなった。
戦後の日韓国交正常化交渉で、日本は有償2億ドル、無償3億ドルで計5億ドルの経済協力資金を提供した。李氏は帰属財産と経済協力資金による韓国の工業化を「2回の産業革命」と評価する。50年代も経済基盤を支えた帰属財産は、65年の国交正常化で「静かに歴史の裏に消えていった」としている。
李大根氏は語る
李氏は今回の研究に当たり、使命感のようなものを抱いてきたという。「このまま知らぬふりはできない」という問題意識だ。改めて韓国が日本資産を無視してきた理由を聞くと、李氏は「反語的になるが」と前置きしてこう述べた。もし日本時代をあるがままに評価すれば間違いなく「売国奴」として社会から追放され「悲惨な境遇になる」。だから誰もがただ知らないふりをした。歴史学界、政府、マスコミは民族史観に深く染まり、「歴史歪曲(わいきょく)を正そうという意思を喪失してきた」。そうした社会の雰囲気の中、日本資産に関する「日本隠し」が生まれ、事実ではなく「あるべき歴史」が捏造(ねつぞう)され、「全国民を歴史盲目にしてきた」と言うのだ。
韓国で反日史観が見直される可能性はあるのだろうか。李氏は悲観的だ。「反日主義」の際限のない拡大とその根深さのためだ。例えば日本は「倭国」だが、韓国はこの倭を矮小の「矮」と誤認し、日本人を「矮人」と蔑(さげす)んできた。韓国人は、自らより小さく愚かな「矮人」に支配された事実を「羞恥」だとする。「このゆがんだ心理、自意識が韓国人の底辺にある」と語る。中国の儒教が朝鮮半島を経て日本に伝わったことも「日本は文明史的に後発」との意識で見下す。
しかし、優越意識は日本統治ですっかり変わった。日本統治が優れていたからだ。豊かな人々は子供を日本に留学させた。だが、敗戦でそうした人々は一夜にして「親日派」と追及されることになった。
李氏は韓国併合を「不幸な過去だったが、両国の宿命だったのかもしれない」と述べた。「国際関係における力学の産物だったとみるからだ」と客観視する。そして、「いま、韓国人は自分の責任で引き受ける成熟した姿勢、特に国際関係で相手に責任を押し付けるのを捨てるべき時だと強調したい」と語った。
筆者:久保田るり子(産経新聞編集委員)
「帰属財産研究」を監訳した黒田勝弘・産経新聞ソウル駐在客員論説委員の話
韓国では日本が残した統治資産がどれほどで、どう処理されたのかという戦後のことはほとんど知られていなかった。この本はその実情を初めて明らかにした。韓国経済への日本の影響を意図的に無視する〝日本隠し〟に対する実証的反論であり挑戦である。
いわゆる植民地近代化論の学術研究書で、侵略・収奪論一辺倒の公式史観を覆すにはいたっていないが、若い研究者や識者の間では徐々に広がりつつある。ただメディアの書評などでは意図的に無視されている。
戦後、敗戦国民が個人財産まで放棄、没収されたのは厳密にいえば国際法違反である。韓国側が国家間で解決済みの個人補償問題を今なお持ち出していることを考えれば、日本側でも朝鮮半島からの引き揚げ者への個人補償はどうなったのかという〝頭の体操〟をしてみるいい機会だ。
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2021年11月27日付産経新聞【久保田るり子の朝鮮半島ウオッチ】を転載しています
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