tokyo-outlook-war-then-and-now-our-mission-to-shed-light-on-the-past-and-future-featured

~~

 

INTERVIEW | Masamitsu Yoshioka, 105, One of the Chosen Few at Pearl Harbor

 

(真珠湾攻撃に参加した吉岡政光氏、105歳にインタビュー)

 

 

前回に続いて再び「戦争」の話で恐縮だが、英語ニュースオピニオンサイト「JAPAN Forward」(JF)でこの2週間ほどの間に最も読まれたのが、「戦争」に関する記事だった。上の英文(日本語訳)は、その記事の見出しである。

 

1941年12月8日、23歳で米ハワイの真珠湾攻撃に加わった元帝国海軍軍人の吉岡政光さん(105)へのインタビューは、本紙正論メンバーで、JFの米国人編集者、ジェイソン・モーガン麗澤大学准教授が行った。筆者(内藤泰朗JF編集長)も同席した。

 

インタビューは都内の吉岡さん宅で行われ、耳が遠い吉岡さんに、こちらが質問を書き、それに回答してもらう形で行った。吉岡さんは、軍人になった理由や800キロという重さの魚雷を浅い海に投下し、目標に命中させる緊迫した訓練の様子、攻撃目標が米国であることを知り死を覚悟した瞬間、さらには、黒煙で視界が遮られる中、目標を探し低空飛行で湾に侵入し魚雷を投下、命中するまでを克明に証言した。

 

吉岡政光さん=1941年

 

数々の幸運が重なり、終戦を迎え、現在まで生きながらえた吉岡さん。そのインタビューは、3時間近くに及んだが、記憶力や明確な表現には圧倒された。インタビューの終わりには、日米双方の死者に対して哀悼の意を表し、「日本と米国がもっと協力していくことが重要だ」と語っていたのが印象的だった。「真珠湾攻撃最後の生き証人」の言葉は重く響いた。吉岡さんとモーガン氏は最後に、満面の笑みで固く握手を交わし別れた。

 

インタビューが2回に分けて掲載されると、米国から反応があった。吉岡さんが真珠湾で沈めた戦艦ユタで戦死した米海軍軍人の親族からだった。その人は、吉岡さん、そして日本に対して恨みは一切ないと述べ、謝る必要もないこと、自分たちは日本からの留学生を受け入れるホスト役をしていることを、吉岡さんに伝えてほしいと、心温まるメッセージを寄せた。

 

真珠湾攻撃から80年以上が経過し、日米関係が大きく変わったことを印象付ける内容だった。インタビューは近く、日本語でもJFに掲載する予定だ。

 

この2週間に注目を集めたもう一つの記事は、ウクライナに侵攻したロシアで軍事会社が乱立し、動乱の予兆があると警告した記事だ。遠藤良介・外信部次長兼論説委員が執筆した。

 

記事中に登場する、プーチン・ロシア大統領に近いオリガルヒ(新興寡占資本家)の事務所から、記事内容は根拠がなく、「事実無根だ」などと抗議し、訂正を求めるメールが届いた。JFは記事の根拠を示したうえで、記事の掲載を続けている。

 

ウクライナ東部ドネツク州バフムトで、損壊した建物の前に立つロシア民間軍事会社「ワグネル」の戦闘員=4月10日(タス=共同)

 

新たな戦乱の時代が迫りくる中、日本が生き延びていくには、英語による情報発信はもはや欠かすことはできない。吉岡さんの英語インタビュー記事はまさに、かつて敵として戦った日米両国の和解と協力の動きを後押しするものだ。領土拡大をもくろむロシアや中国の情報をいち早く英語で発信することは、日本の国益、世界の利益に合致する。

 

JFは、かつての戦争といままさに起きている新たな戦争の2つの戦争のリアルを今後も世界に伝えていきたい。

 

筆者:内藤泰朗(JAPAN Forward編集長)

 

 

■JF6周年の夕べ 29日開催
6月29日午後6時半から都内で、会費制(参加費6000円)で実施します。サポーター会員向けのイベントです。会員を募集中です! お問い合わせ・お申し込みは、info@japan-forward.comまで。

 

2023年6月19日付産経新聞【JAPAN Forward 日本を発信】を転載しています

 

この記事の英文記事を読む

 

 

コメントを残す