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世界史的第一歩を日本は戦後76年を経て踏み出した。4月21日に「南モンゴルを支援する議員連盟」が正式に発足したからだ。
同化政策がきっかけ
議員連盟結成のきっかけは、昨年秋から実施された中国政府によるモンゴル語廃止政策だ。内モンゴル自治区においてモンゴル語で行ってきた各種学校教育を逐次、中国語に切り替えていく同化政策が導入されたことである。
自治区のモンゴル人は一致団結して抗議活動を展開したし、同胞の国モンゴル国でも力強い支援が沸き起こった。日本をはじめ欧米諸国に暮らすモンゴル人も国籍を問わず反対の声を上げ続けた。国際社会も文化の虐殺だと批判、新疆ウイグル自治区で進められているジェノサイド(民族大量虐殺)同様に深刻な懸念が示された。
私たち日本で生活するモンゴル人は、中国の同化政策に反対する署名活動を始めると同時に正義感ある政治家に支援を求めた。参院議員の山田宏氏と衆院議員の上野宏史氏は深い理解と同情を示し、民主主義大国として日本は中国の暴虐に歯止めをかける必要がある、との認識を共有した。両氏が自民党の同志らに幅広く呼びかけた結果、衆参両院計28人の政治家が集まって正式にスタートした。
議連発足の席上で高市早苗会長は、南モンゴル人弾圧問題は中国への内政干渉ではなく、国際問題だと喝破した。議連結成は南モンゴルだけでなく日本にとっても大きな歴史的意義を有している。
戦後史観からの脱却
第1に、日本を長期にわたって束縛してきた戦後史観からの脱却の第一歩になる。戦後史観とは、日本が戦前に経営していた台湾と満州、それに蒙疆(もうきょう)(モンゴル軍政府、モンゴル自治邦とも)についてひたすら「侵略」の観点から語る自虐史観を指す。
台湾は大航海時代から西洋との結びつきが強く、世界史の一環を成す。モンゴル人と満州人、それにウイグル人とチベット人の近代史もマルクス主義者が強弁する如(ごと)く「西洋の植民地支配からの解放」を目指したものではない。
古い帝国・中国からの解放を目的に、民族自決を求めてきた性質を帯びる。民族自決を実現するために、ロシア(ソ連)や新興の大日本帝国の力を借りようとした。日本もそのような諸民族の希求に応えようとしたが、紆余(うよ)曲折を経て道半ばで頓挫(とんざ)した。
戦後の長い道程の中で、日本は台湾との政治関係を絶ち、満蒙を「忘却」した。それは、中国への政治的配慮が優先された選択だっただろうが、多くの満蒙移民と現地との繫(つな)がりは断絶しなかった。日本人による満蒙研究は世界の植民地学をリードしてきたし、何よりも「旧満蒙」に生まれた若者たちにとって、日本は相変わらず憧れの国である。父祖も古き良き日本時代を体験し、その経験を中国による過酷な統治と比較して子孫に語り続けたからだ。
かくして現在の日本には1万人以上もの満蒙のモンゴル人が学び、働くようになったのである。
中国はずっと内モンゴル自治区の東部、即(すなわ)ち旧満蒙のモンゴル人を脅威と見なし、「日本のスパイ」と断じて粛清を実施した。文化大革命中には34万人が逮捕され、3万人近くが殺害されるほどのジェノサイドが発生した。
日本における議連結成は、旧植民地への建設的な関与を意味している点で世界の主要国と肩を並べるようになったのである。それは英仏が自身の元植民地の人権問題等に積極的に関わり、建設的な発展の道筋を教え、導いているのと同じである。「侵略」と「反省」のみで過去を位置づけるのではなく、満蒙側からも評価されている民族自決への支持と近代化促進は大いに自負していいことである。
ヤルタの闇を突き破れ
第2に、議連の結成は国際法違反の「ヤルタ協定」の見直しにつながる。モンゴル人は古代から長城以北を自国の領土と見なし、中国と異なる文明を構築してきたと認識している。第二次世界大戦後もモンゴル人民共和国は戦勝国の地位を獲得していた。同国がソ連とともに参戦したのも、同胞の南モンゴル人を中国と日本の支配から解放するためだった。
モンゴルの民族解放戦争は日本を敗戦に追い込んだものの、国土の半分を宿敵の中国に取られた。背景にはモンゴル人の民族統一の意志に反した、秘密の「ヤルタ協定」が交わされていた問題がある。同協定で日本の領土もソ連に占領されたのは周知の事実だが、闇取引の舞台のヤルタにモンゴル人の代表も日本人もいなかった。
どんな協定・条約でも当事者不在の場合は違法である。モンゴル人と日本人は今後一致団結し「ヤルタ協定」の違法性について訴えていく必要があるし、その環境は議連の結成で整ったといえる。
20世紀日本の世界史はモンゴル人とともにアジア大陸で創造された。モンゴル人は今でも日本の信頼できる盟友であり、日本も脱中国を着実に実現するためにはモンゴル高原をユーラシアへ雄飛する橋頭堡(きょうとうほ)として確保する必要がある。(よう かいえい)
筆者:楊海英(文化人類学者静岡大学教授)
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2021年5月27日付産経新聞【正論】を転載しています
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