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【アトリエ談義】(11)武蔵野とは?

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私は、「武蔵野を描く画家」と紹介されますが、この「武蔵野」について、アトリエ談義の中でまだ詳しくお話していない事に気づきました。「武蔵野」という地名は知っていても具体的に説明できる人は少ないのではないかと思います。特に外国の読者の皆さんにはピンとこないと思いますので、今回は「武蔵野とは?」というテーマでお話しすることにしました。

 

「武蔵野」をひと言で説明するならば、東京の中心から西へ広がる平野を指す、と言えます。その広大な土地は、果てしなく続くススキの原野であった時代もあったり、また、富士山、浅間山、白根山といった火山の噴火によって埋め尽くされた時代もありました。

 

そのような厳しい自然環境の中にも、武蔵野には独特の野趣に富んだ魅力があり、昔から多くの人々によって語り継がれ、優れた文学作品も生まれました。こんな歌があります。

 

武蔵野は 月の入るべき峰もなし
尾花がすえに かかる白雲  ※ “尾花”はススキの別称

 

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なんと建保三年(1215年)の歌合で詠まれた歌です。
また、こんな歌もあります。

 

むさし野や 行けども秋の果てしなき
いかなる風の末に吹くらん

 

これらの歌を読むと、当時の人々には、広大な武蔵野が無限に続くように思え、途方にくれる様子が手に取るようにわかります。しかし詠まれた歌の多くは、現地を実際に訪れたこともなしに詠まれたものであり、観念的なので、やがて類型的な歌ばかりになってゆきます。また、古い屏風に「武蔵野図」というものがあり、これも、月とススキが描かれていれば題名は無くても、それは「武蔵野」なのです。

 

武蔵野之図 上原古年(1877~1940)

 

こうした時代が長く続きましたが、やがて明治に入ると、様々な作家によって、再び武蔵野は脚光をあびるようになります。その中での第一人者は、何といっても「国木田独歩」でしょう。その軽妙な筆によって表現されたエッセイ風の短編「武蔵野」によって、古くからの武蔵野のイメージは覆されます。

 

明治の古典7 “武蔵野 平凡”(学習研究社)に挿入されている、悳氏による武蔵野風景

 

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独歩は、“月とススキ”といった観念的な武蔵野ではなく、東京の町外れの民家と自然が微妙に溶け合った情景や、人によって作られた農地や雑木林の美を自然主義的文体で見事に表現したのでした。

 

もっとも、独歩も以前は観念的な武蔵野観の持ち主でした。しかしある時、ロシアの作家ツルゲーネフの小説「あいびき」の中の自然描写に強い感銘を受け、その影響下に生まれたのが「武蔵野」でした。以上が私の「武蔵野とは」のお答えです。

 

ところで、私は、幼い頃から身近な自然に親しんできました。当時はまだ独歩の武蔵野の面影が残る身近な風景を、暇さえあれば描いていました。

 

筆者高校時代のスケッチより武蔵野風景

 

そんな中で独歩の著作「武蔵野」とも出会い、この本はいつの間にか私のバイブルのような存在になっていました。

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国木田独歩「武蔵野」(角川書店1968年)に筆者が絵を付け、手製のカバーとしたもの

 

そう言えば、身近な場所を終生描き続けた画家は世界中にたくさんいます。フランスのミレー、アメリカのワイエスがすぐに思い浮かべられます。私も彼らにあやかって、これからも武蔵野を描き続けることでしょう。

 

春夏秋冬、朝、昼、夕、そして晴天、雲天、雨天、それぞれが美しく、見飽きることのない武蔵野は、自然の美を教えてくれた師であり、親友です。「よく飽きがこないね」と言われますが、「師や親友に対し何と失礼な!」と私は答えます。

 

なお、今回、国木田独歩の「武蔵野」を読み返してみて感銘を新たにしましたので、次回はアトリエの外へ心を遊ばせて、“独歩の武蔵野”について考えてみることにしました。どうぞお楽しみに。

 

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一つお知らせがあります。最近家族の手を借りてインスタグラムを始めました。半世紀以上描き続けている武蔵風景を中心にアップしています。ご覧頂けましたら幸いです。

 

https://www.instagram.com/isao.toshihiko

 

筆者:悳俊彦(洋画家・浮世絵研究家)

 

この記事の英文記事を読む

 

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【アトリエ談義】シリーズ
第1回:歌川国芳:知っておかねばならない浮世絵師
第2回:国芳の風景画と武者絵が高く評価される理由
第3回:浮世絵師・月岡芳年:国芳一門の出世頭
第4回:鳥居清長の絵馬:掘り出し物との出合い
第5回:国芳の描く元気な女達
第6回:江戸のユーモア真骨頂“国芳の戯画”
第7回:歌川国芳の弟子たちを通してみる国芳の遺産
第8回:武蔵野の思い出と私の宝物
第9回:浮世絵の継承者たち
第10回:浮世絵の原点
第11回:武蔵野とは?

 

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